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届かない声 3

 長男が生まれてから、アデーレとオズワルドの関係は少しだけ変化した。


 まず、会話の数が増えた。

 そして、そもそも顔を合わせる回数も増え、オズワルドが帰宅する時間が早くなった。


 彼との会話内容は主に息子・レイモンドのことで、「今日はお乳をたくさん飲んだ」「今日はたくさん泣いた」「今日は絵本に興味を持っていた」とアデーレが話すことを、オズワルドは静かに聞いてくれた。


 そしていつもは夜遅くに帰っていたのだが、夕食頃には帰宅するようになった。

 まず彼が気にするのはレイモンドのことだが、彼が元気に泣いたりすやすや眠っていたりするところを確認すると、アデーレにも声を掛けてくれた。


 相変わらずアデーレは屋敷からなかなか出させてもらえなかったが、最近オズワルドは、「……王妃と文通でもしたらいい」と提案してくれた。


 会いに行かせることはできないが、フィオレッラとのやり取りを請け負ってくれるという。

 その言葉だけで嬉しくて、アデーレは最初の文通で山ほどの便せんを書いて封筒に入れ、それを見たオズワルドをげんなりさせてしまった。


 王妃となったフィオレッラは、かなり辛い日々を送っているそうだ。

 まだ結婚して一年程度なので仕方がないが懐妊の兆しがなく、それについて国王からちくちくと責められているという。


 本当は王城に駆けつけて、フィオレッラを慰めたい。

 だが、今の自分は子を育てている身であるし――懐妊に悩む彼女のもとに自分が会いに行って本当にいいものだろうかとも思ってしまう。


 だが数日後に帰ってきたオズワルドは、アデーレが書いた手紙の倍はありそうな厚みの封筒を手に戻ってきた。アデーレは喜んだが、「……おまえたち、もう少し手紙の内容は精査しろ」と呆れ顔で言われてしまった。


 フィオレッラはアデーレの手紙をとても喜んでくれたようで、「キャラハン侯爵にも感謝します。これからも、文通を続けさせてください」と書かれていた。

 それを伝えると、オズワルドは困ったように視線を逸らしていた。










 レイモンドがある程度成長すると、オズワルドは再びアデーレを寝室に呼ぶようになった。


 彼はレイモンドのこともとても大切にしてくれているが、やはり自分に似た息子がほしいのではないか。

 産後しばらくしてレイモンドは目を開いたが、目だけは青でオズワルドに似ていた。今度産む子は、髪も茶色であってほしいのだろう。


 相変わらずオズワルドは無口だが、アデーレに触れる手つきはずっと優しくなった。

 レイモンドを懐妊する前は、朝になるとさっさとベッドを抜け出してアデーレを放置していたが、今は夜が明けても側で寝ていて、起きたときには「体は大丈夫か」とぽつんと尋ねてくる。


 少しずつ、夫婦の形が変わっていく。

 オズワルドとアデーレと、レイモンド。三人で過ごす時間が、温かくなっていく。


 そうしてレイモンドが二歳になった年に、アデーレは再び懐妊した。

 それを聞いたオズワルドはやはりそれほど表情を動かさなかったが、アデーレの腹をそっと撫で、「……おまえも無理しないように」と言ってくれた。


 キャラハン侯爵家は、少しずつ変わっていった。

 だが――王城の方では、面倒なことが起きていた。


 国王とフィオレッラが結婚して三年経ったが、まだ彼女は懐妊しない。国王夫妻の仲は冷え切っており、孤独な王妃は泣いてばかりいる。


 第二子の懐妊が分かるまでは、さすがのオズワルドもアデーレの願いを聞き入れ、王城に行く許可をくれた。久々に会ったフィオレッラは元々細身だったがすっかり窶れており、アデーレの胸が痛くなった。


 それでもアデーレが胸を痛めながら第二子の懐妊を手紙で報告すると、フィオレッラは我がことのように喜んでたくさんの贈り物をくれた。


 オズワルドも孤独な王妃を気に懸けるようになったようで、まめにアデーレとの間を取り持ってくれたり、王城仕えの侍女たちに王妃を敬愛するよう物申してくれたりした。


 国王ハロルドは冷酷な男だったが、オズワルドはそんな国王に物申せる数少ない人物だった。


 オズワルドに、どのような気持ちの変化が起きたのかは、分からない。

 だが彼は妻の主君である王妃のことを、しばしば国王に物申すようになった。もっと気に懸けてやるように、わざわざベルニから嫁いできたのだから、無下にはしないように、と。


 そこから少しずつ、国王夫妻の仲がよくなったように思われたが――


 アデーレの腹が膨らみ始め、それを見たレイモンドが「おとーと、いもーと!」と嬉しそうに言うようになった頃――帰宅したオズワルドが、衝撃の事実を告げた。


 王妃に先立ち、王城仕えの下級侍女だった女性魔道士が国王の子を懐妊したのだった。








 マーガレット・ミルワードは十六歳の少女で、王妃との結婚生活に飽きていた国王のお手つきになり、王家の子を懐妊した。

 その後、彼女は元気な男の子を産んだことで第一王子の母となり、妾妃として召し上げられることになった。


 それから数ヶ月後にアデーレも、第二子となる男児を産んだ。

 今度の子は茶色の髪を持っていたが、開いた目はアデーレと同じハシバミだった。


 だがオズワルドは息子の目を見ると、「……アデーレによく似ている」と呟き、アデーレにも「……二人も、よく子を産んでくれた」といたわりの言葉をくれた。


 アデーレはなかなか夫に似た子を産めなかったが、それでも二人の息子に恵まれ、夫も優しくなり、幸せだった。


 ――だが自分が幸せを感じると同時に、鋭い棘が胸を刺してくる。

 自分がこうしてぬくぬくと暮らしている同じ王都では、フィオレッラが辛い思いをしているのだ。


 フィオレッラからの手紙を読むアデーレは、ぽたりと涙をこぼした。

 そんな妻を、何も言わずにオズワルドは肩を抱いて見守っていた。

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