アリソンのお見合い
リクエストより、「首刎ね騎士の求婚理由」本編時期の、アリソンの話。
アリソン・ラトリッジは二十三歳の女性騎士である。
立場としては、リュドミラ王太子妃付き騎士。王太子妃・カミラと同じくエンフィールド人で、主君の輿入れに伴って北の王国にやってきた従者の一人だ。
波打つ金髪を結い、すらりとした軍服に身を包む彼女は、同僚のグレンダと同じくリュドミラではかなり目立っていた。というのも、リュドミラには女性騎士が存在しないのだ。
王族女性などの警護で女性使用人があてがわれることがあるが。彼女らも「戦闘もできるメイド」くらいで、騎士として訓練を受けたわけではない。
しかも、リュドミラ人は男女ともに身長が高く、エンフィールドでは長身の部類に入っていたアリソンも、ここではせいぜい平均身長程度。体のつくりも違うので、アリソンよりも城の食堂のおばちゃんの方が明らかに体格がいいくらいだ。
だが、奇異の目で見られるからといって恥ずかしがるほど、アリソンもグレンダもヤワではない。
むしろ、王太子妃を守る剣として、異国の地だろうと鍛練を積まなければならない。
「頼もう! アリソン・ラトリッジだ!」
今日もアリソンは模擬剣を担ぎ、リュドミラ王国騎士団詰め所に討ち入り――ではなく訪問をしていた。
彼女が朗々と声を張り上げて訪れると、大柄なリュドミラの騎士たちはびくっとして、気まずそうに視線を交わしあう。
リュドミラ国王は、騎士団で一緒に訓練を受けたいというアリソンやグレンダの願いを聞き入れ、「いつでも騎士団に顔を見せなさい」と言ってくれた。
よって嬉々として殴り込み――ではなく訪問しているのだが、騎士たちの反応はよろしくない。
簡単に言うと、遠慮しているのだ。
アリソンは女で、異国人で、カミラ王太子妃の側近。女相手というだけでも気が引けるのに、しかもそこに王太子妃付き騎士という称号まで加われば、おいそれと戦っていい相手ではなくなってしまうのだ。
アリソンとしては、国王もカミラも許可してくれたのだから、思う存分戦ってぶちのめしてほしいくらいだ。彼女も三年前に革命戦争に参加してリュドミラ騎士と共闘したのだが、彼らの野性的で剛胆な剣技に惚れ込んでいた。
だからぜひとも手合わせをして、リュドミラらしい剣技を身につけたいと思ったのだが――現実はそうたやすくないようだ。
「……申し訳ないのだが、アリソン殿。我々ではお相手しかねる」
「……私は、ぶっ飛ばされても伸されてもちっとも構わないのだが」
「あなたは王太子妃殿下の信頼なさる護衛騎士だろう! 少しは構っていただきたい!」
ひげもじゃで強そうな騎士にやんわり言われ、アリソンは肩を落とした。
エンフィールドなら女性騎士もいたので、遠慮なく手合わせしてくれた。アリソンの剣の師匠である騎士団長になんて、幼少期に何度もぶちのめされて地面に埋められていたくらいだ。
それでも彼は必ずアリソンを引っ張り上げ、「これはよかった」「これは直した方がいい」と助言をくれた。リュドミラに行っても、自分を高めてくれるような相手を見つけたかったのだが……これは前途多難のようだ。
「……そうか。連日すまない。もし機会があれば……」
「待たれよ、エンフィールドの女騎士」
背を向けたアリソンは、重々しい低い声に呼ばれ――ぞくっと背筋を震わせた。
ゆっくり振り向いたアリソンは、詰め所の奥の階段から下りてくる人物を目にし、思わず剣を取り落としそうになった。
年は、三十歳くらいだろうか。彼女の剣の師匠よりも少しだけ若そうな彼はリュドミラ人の中でもひときわ立派な体躯を持っており、筋肉で胸元がはち切れそうな軍服の胸の勲章から、彼が騎士団の部隊長であると察した。
――姿を見ただけで、分かる。
彼は、かなりやる。
彼はアリソンの前に立つと、つと目を細めた。
「……ここ最近、王太子妃殿下付きの女騎士が襲撃してくると聞いていたが……そなたのことだったか」
「……はい。アリソン・ラトリッジと申します」
「アリソン殿だな。……連日来てもらったのに部下たちが相手をしなくて、失礼した。よかったら俺が、お相手をしよう」
男性が胸に手を当てて言うと、とたんに詰め所内がわっと盛り上がった。
「えっ、本当ですか、部隊長!」
「いやいや、さすがにまずいんじゃないですか!? この方、エンフィールド人ですよ!?」
「まずくはない。むしろ、異国人だからこそ剣を交えることで互いを理解できるだろうし……手合わせの依頼を断ってばかりいる方が、無礼だろう」
部隊長は地響きのような低い声で淡々と言った後、アリソンを見てきた。
「……それで、どうする?」
「……お受けいたします」
アリソンは震える声で言い、お辞儀をした。
「……手合わせを受けていただけたこと、感謝します、部隊長殿」
「気にするな。俺も、エンフィールドの女騎士のことは気になっていた。……では早速、表に出るか。悪いが、手加減はできないぞ」
「はい!」
アリソンは元気に挨拶をしながらも、胸の高鳴りを抑えられなかった。
強者を前にすると体が興奮するのは、前から同じだった。
だが――これほどまで体が熱くてどきどきするのは、どうしてなのだろうか。
結果として、アリソンはぼこぼこに伸された。
事前に言っていた通りいっさい手加減しなかった部隊長はアリソンを沈めると、「なかなかいい太刀筋と、根性だった」と褒めてくれた。
その時のアリソンは顔面から土に突っ込むという非常に情けない格好だったが――とても、誇らしい気持ちになった。
その手合わせから、約半月後。
アリソンは軍服ではなくエンフィールド風のドレス姿で、そして相手の部隊長もぱりっとした礼服姿で、茶の席を囲んでいた。
「……」
「……」
かつて剣を交えた者たちが、黙って茶を飲んでいる。
ちなみに飲んでいる茶の銘柄は同じだが、相手のカップはアリソンのそれよりも二回りほど大きい。手が大きいので、普通サイズのカップだと指が通らないのだろう。
本日、アリソンはお見合いのためにやってきた。
結婚するならガチムチマッチョの騎士がいい、とずっと思っていたアリソンは、見合いの席にやってきた部隊長を見て、「うわ理想の男が来た」と言いそうになった。
半月前にアリソンを叩きのめした男。
彼は今、きっちりと身だしなみを整えて、アリソンの見合い相手として現れたのだ。
彼は軍人としては優秀だったが、食事のマナーは微妙のようだ。茶菓子を切り分けるのに手間取ったり、ナイフを扱いづらそうにしていたりする。
そういう点ではアリソンの方が優れていたので、なんだか新鮮な気持ちだ。
「……」
「……」
「……アリソン・ラトリッジ殿」
「はい」
「俺と、結婚を前提にした付き合いをしてくれないか」
直球である。
どれくらい直球かというと、傍らで真顔で給仕していたメイドが目を剥き、部隊長を睨むくらいだ。
アリソンは、向かいの席の男を見た。
かつて涼しい顔でアリソンの猛攻をかわし、ぼろぼろになったアリソンとは対照的に息一つ乱していなかった猛将は、今も真顔である。
だが、よく見ると巨大な拳は血管が浮き上がるほど固く握りしめられているし、顔には緊張がみなぎっている。
そして、気持ちを落ち着けるために茶でも飲もうとしたのか、手元にあったものを口に運び――それがカップではなくティーポットだと気付き、さっと赤面して俯いた。
アリソンは、まばたきした。
そして、口を開く。
「了解しました。お付き合いしましょう」
直球返答である。
どれくらい直球かというと、傍らで真顔で立っていた騎士が目を剥き、アリソンを凝視するくらいだ。
だが、アリソンは自分でも驚くほどすっきりしていたし、満たされた気持ちになっていた。
そうして思い出すのは――生まれ故郷で別れた、幼なじみの顔。
彼女のようになる、というのは難しいだろう。
だがアリソンにはアリソンの、恋愛のやり方があるはず。
そうして――いつの日か故郷の土を踏んだならば、「私も幸せな結婚ができた」と、幼なじみや剣の師匠に報告できるだろう。
アリソンの返事を聞き、部隊長は「感謝する」とだけ言った。
ちなみに、後日アリソンは知ったのだが。
お見合いの間は始終言葉少なで、アリソンから返事をもらえたときも素っ気なかった部隊長だが、彼はお見合いを終えて騎士団に帰るなり歓喜の咆哮を上げ、「俺は女神を手に入れた」と大喜びしながら部下たちを叩きのめしていたそうだ。
そういう可愛らしいところも彼の魅力だろうと、アリソンは微笑ましく思ったのだった。




