腕の中にぬくもりを 1
リクエストより、「首刎ね騎士の求婚理由」40話から41話(最終話)の間の話。
甘め仕立てです(当社比)。
リュドミラ王国は南のエンフィールドと比べると、一年間の平均気温が低い。
そのため、真冬でなくても夜になるとかなり気温が下がり、明け方になると震えるほどの寒さになったりする。
生まれたときからリュドミラで暮らしている者ならばともかく、温暖なエンフィールドで生まれ育ったエレンにとって、真冬を越えたといってもリュドミラの夜はなかなか厳しいものがあった。
「奥様、今日はたくさん薪が届きましたので、寝室を暖かくしておきますね」
「ええ、ありがとう」
「それから、新しい毛布も届きました。ふわっふわでたくさんの羽毛を使ったものなので、きっと奥様を朝まで温めてくれますよ」
「……そうね、ありがとう」
メイドのフェドーシャに礼を言いながら、エレンは少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。
フェドーシャや夫のミハイルはリュドミラ生まれなので、寒さにも耐性がある。だから、普段着るものでさえエレンとは厚みが違ったりするし、そこまで重ね着をしなくても平気らしい。
しかし、ミハイルだけなら少量で済む暖炉用の薪も、寒がりなエレンがいるので多めに買わなければならない。毛布も、ミハイルがエレンのために高級な新品を買ってくれたのだ。
簡単に言うと、エレンがいるだけで金が掛かる。
(ミハイルは「気にするな」って言ってくれるけど……薪も毛布も、安くはないのに)
エレンも女主人として、フェドーシャと協力して家の家計を担っている。
だから、帳簿を見るたびに、もしミハイルが結婚したのがリュドミラ人の女性だったら、無駄な出費を抑えられたはずなのに……と思ってしまうのだ。
そんなエレンの気持ちに気づいたのか、フェドーシャが気遣わしげに声を掛けてきた。
「……奥様。旦那様は、奥様のためならなんでもする、とおっしゃっているのですよ」
「……」
「たくさんの薪も、衣類も、毛布も、全て旦那様のご命令なのです。リュドミラの気候に慣れない奥様が体調を崩されると悲しまれるからです」
「……迷惑になっていないかしら」
「まさか! そのようなことがあれば、このフェーニャが物申しますとも!」
フェドーシャが胸を張っていったので、エレンは苦笑した。
「ありがとう。……でも、そう言ってくれて少しだけ安心できたわ」
「……本来なら旦那様の方からおっしゃるべきなんですけどね」
「いいのよ。……今日ミーシャが帰ったら、お礼を言うわ」
エレンはそう言い、フェドーシャが買ってくれた薪の数を確認するため、席を立った。
夕方に、ミハイルが帰ってきた。
「おかえりなさい、ミーシャ」
「ただいま。今日は半日休みだったと思うが、ゆっくり休めたか?」
「ええ。……あ、そうだ」
ミハイルから上着や剣を受け取ったエレンは、薪を積んでいる物置の方を手で示した。
「薪と毛布が届いたわ。……本当に、いつもありがとう」
「別に、礼を言われるほどのことはしていない。俺だって寒いときは寒いから、薪くらい使う」
「嘘ばっかり」
「……おまえ、俺をなんだと思っているんだ? 不死身の雪男か?」
「あら、ミーシャが雪男なら、あなたと結婚した私は何になるの? 雪女?」
「それはそれでおもしろそうだな」
ミハイルはからっと笑うと、片腕でエレンを抱き寄せた。
大人しく夫の胸に身を預け、顔を上げる。「目を閉じろ」と命じられたので従順に従うと、唇に冷たいものが触れてきた。
「つめたっ……」
「夕方になって、冷えてきたんだ。……雪男からのキスは、どうだ?」
「冷たいけれど、心は温かくなったわ」
目を開いてくすっと笑うと、ミハイルの赤茶色の目も優しく緩んだ。
もう一度、唇が重なる。
今度は深くて、呼吸まで絡み取られそうなほど、熱い。
「……んっ」
「エレン」
唇が離れ、どこか切なげにミハイルが名を呼んできた。
「……毛布が届いたばかりではあるが……ひとつ、相談したいことがある」
「……毛布に関係があることなの?」
「ある……と思う」
ミハイルにしては切れ味の悪い言い方だ。
エレンがじっと見ていると、ミハイルは少しエレンとの距離を取り、こほん、と咳払いをした。
「……おまえにも言っているな。最近、剣を手放して寝るようにしていると」
「うん。ちょっとずつ慣れるようにしているんだよね」
ミハイルは戦場に身を置いていた習性なのか、愛用の剣が側にあり、なおかつ周りに人がいない状況でないと熟睡できない体質になっていた。
そのため、彼と結婚してそれなりに時間が経ったがまだ一度も、エレンは夫と寝所を共にしたことがない。
ミハイルも自分の習性を直そうとしているようで、まずは剣を側に置かないことから始め、またフェドーシャに物音を立ててもらうなどして、人の気配にも慣れるようにしていた。
ミハイルは頷くと、しばし黙った。
そして顔を上げ、「エレン」と名を呼ぶ。
「……俺は……おまえと、一緒に寝たい。寒がりなおまえを抱きしめ、体温を分かち合い、夜を過ごしたい」
「……」
「おまえも、そう思っていてくれるか?」
まさか帰宅直後の玄関でこんなことを聞かれるとは思っていなかったが、だからといって「場所を変えよう」と言うほどでもない。
エレンはこっくり頷いた後、ミハイルの手をきゅっと握った。
「……ミーシャが嫌じゃなかったら、一緒に寝たい。でも、私、あまり寝相がよくないし……ミーシャは、すぐ起きてしまうと思うよ」
「寝相なら、気にするな。俺がずっと抱きしめていれば関係ないだろう」
「う、ん……そ、そうだね……?」
「ということで」
ミハイルはエレンの手を握り返すと、その手を胸元まで上げた。
「……今夜、おまえさえよければ……一緒に寝てみたい」
「えっ」
「おまえの望まないことはしないと、神に誓う。……剣が手元になくても、少々物音が立っても、寝られるようになった。だから……試してみたいんだ」
そう言うミハイルの色白の頬は、ほんのり赤く染まっている。
妻と一緒に寝ることを、試してみたい。
それはあまりロマンチックなお誘い文句ではないが……首刎ね騎士として心を殺してきた彼にとっては大切な――決意と成長を感じさせる、勇気の言葉だった。
だからエレンは頷き、そっと夫の胸元に身を寄せた。
「……うん、試してみよう」
「エレン……」
「今日、一緒に寝よう、ミーシェニカ」
エレンは微笑むと、ミハイルもぎこちないながら笑ってくれた。




