花冠をあなたに、おまえに、君に
リクエストより、いろいろな時系列でのディーンと花冠についての話。
死んだ義姉は、とても朗らかで愛らしい人だった。
「結婚するんだ」
年の離れた兄はそう言って、恋人の肩を抱いて笑った。
彼の恋人は、ディーンも幼い頃から世話になっていた近所のお姉さんだった。艶やかな焦げ茶色の髪に、無邪気に輝くヘーゼルの目。
村一番の別嬪だとおじじ連中からも評判だった彼女は、村一番の傭兵である兄の嫁になった。
当時のディーンは十二歳で、色々難しいお年頃だった。
兄のことは尊敬しているし、結婚も素直に祝福したい。
だが――何も、相手が「お姉さん」でなくてもいいではないか、という気持ちも根底にはあった。
しかし、きっと彼女にとってのディーンは弟――下手すれば子どもみたいな存在で、もう十二歳になったのに子ども扱いしてくる。兄の前では、恋する乙女のような可憐な表情になるのに。
兄と「お姉さん」が結婚することになり、贈り物をすることになった。といっても、村住まいでしかも子どものディーンが高価な贈り物を買えるはずもなかった。
悩んだ末に――彼は、花畑で摘んだ花で冠を作って、兄嫁となる「お姉さん」に贈ることにした。
冠の作り方は、知っている。奇しくも、「お姉さん」がディーンに教えてくれたのだ。
ディーンは器用な方ではなかったが、一つ一つ丁寧に編み込んだ。途中、何度か投げ出したくなったり、無性に泣きたくなったりしたけれど、最後まで作った。
それを持っていくと、「お姉さん」はとても喜んでくれた。そしてその場にしゃがみ、「ディーンが被せてくれる?」と笑って言った。
ディーンは無表情で頷いて冠を「お姉さん」の頭に乗せたけれど……本当はとても嬉しかったし、切なかったし、悔しかった。
自分がもっと大人だったら、こんな葉っぱの冠じゃなくてきれいな指輪をあげられたかもしれないのに、と思っていた。
兄嫁が、女の子を産んだ。
生まれたばかりの時は真っ赤な顔でしわくちゃの未確認生命物体で、「ディーンの姪よ」と言われても、こんな生物が自分の家族になるなんて、理解できなかった。
だがしばらくすると赤ん坊――シェリルは人間らしい顔になり、愛らしい少女に成長した。
兄嫁と同じ焦げ茶の髪とヘーゼルの目を持っており、ディーンのことを舌っ足らずに「にーしゃん」と呼んでくる。
しわくちゃ生物だった姪は、いつの間にかディーンの中でのかけがえのない宝になっていた。
多忙な兄夫妻に代わり、ディーンがシェリルと遊んでやった。お人形さん遊びもしたし、ままごともしたし、お花摘みもした。
一度、シェリルのおねだりでうさちゃんごっこをしているところを、ディーンと同じ年頃の少年たちに見られ、爆笑されたことがある。
ディーンは彼らをその日のうちに、地に沈めた。
そのためか、それ以降からかわれることはなくなったので、ディーンは心おきなくシェリルと遊んでやった。
兄嫁に教わった花冠を作ってやると、シェリルはとても喜んだ。
「にーさん、シェリルにくれるの?」
「ああ、あげる。ほら、頭を下げて」
「うん! シェリル、おひめさまー!」
シェリルの柔らかい髪にそっと冠を乗せると、彼女はきゃっきゃと笑い、ディーンに飛びついて頬にキスをしてくれた。
目に入れても痛くないほど可愛い、シェリル。
これから先もずっと、ディーンが彼女を守るのだ。
「男爵」
ドアがノックされ、大柄な男が部屋に顔を覗かせてきた。
彼は、ディーンの娘婿であるエグバート。筋骨隆々とした彼の腕には、柔らかな焦げ茶色の髪の少女が抱っこされている。
「お休み中のところ、すみません」
「気にするな。……ああ、フランのことか?」
「はい。どうしてもおじいさまと遊びたい、と言っていまして……」
すみません、とエグバートは謝るが、とんでもない。
可愛い孫娘と遊べる時間は、ディーンにとっての至福の時だった。
「構わない。……ほら、フラン。おいで」
「おじいしゃま!」
父親の腕の中で、幼い孫娘がこちらに向かって手を伸ばしている。
赤子も黙るどころかいっそう激しく泣かせるほどの強面のディーンだが、このフランチェスカを始めとした孫たちはディーンの顔に怯えるどころか、「おじいさま、おもしろい!」と頬や髪を引っ張ったりする始末。
この剛胆さは、誰に似たのだろうか。
きゃっきゃとはしゃぐフランチェスカを受け取りあやしながら、ディーンは問うた。
「シェリルは下か?」
「はい。アシュリーを連れて研究室に籠もっています。これから私は、トラヴィスに剣を教えようと思っています」
「ああ、そうしなさい」
初孫のトラヴィスは体格が大きく、騎士を志している。次子のアシュリーは男の子にしては細身だが、母親譲りなのか魔力測定値がかなり高く、幼いうちからシェリルに魔法を教わっていた。
フランチェスカはどんな才能を持っているのか、まだ分からないが……きっと立派な淑女になるだろう。
エグバートを見送り、さて、とディーンも立ち上がった。
「おじいさまと、何をして遊びたい?」
「ん、んー……おそと!」
「お外か、分かった。……それではおじいさまがお庭の花で、とっておきの花冠を作ってあげよう」
「おはな!」
フランチェスカはヘーゼルの目を輝かせ、きゃっきゃとはしゃいだ。
『ディーン』
『にいさま』
『おじいしゃま』
同じ髪、同じ目の色を持つ三人の少女たちが、笑っている。
ディーンは目を細めるとフランチェスカを優しく抱き上げ、廊下へと足を進めたのだった。




