エグバート、頑張る 3
使用人やテレンスから話を聞いた直後は、シェリルも八つ当たりをするのだろうか……と思っていた。
だが。
「……放っておいてください」
「シェリル……」
「私、寝ます。……おやすみなさい、エグバート様」
そう言うなりシェリルは上掛けの中にすっ込んでしまい、エグバートはしばしベッドの脇で呆然と立ち尽くす。
そして――しばしの沈黙の後、頷いた。
「分かった。おやすみ、シェリル」
「……」
返事はないが、上掛けがもぞもぞ動いたのが確認できただけで十分だ。
余計なことは何も言わず、エグバートは寝室を出た。
妻にぞんざいに扱われて胸は痛いが――今、自分以上に苦しい思いをしているのはシェリルなのだと考え直す。
ここ最近食事をほしがらないというので様子を見に上がったのだが、素っ気なくされ追い返されてしまった。
シェリルの体調を一番よく分かっているのは、シェリル自身だ。夫といえ他人であるエグバートが推量でものを言うべきではない。
それに、確かにショックは受けているがエグバートには頼る相手がいる。
リンジーを始めとした女性陣は基本的にシェリルの味方だが、男性使用人やディーンは「そういうこともあります」「悩みがあるなら言え」と、エグバートに寄り添ってくれる。
「……シェリル、ゆっくり、休んでくれ」
閉まったドアに向かってそっと声を掛けると、エグバートは足音を立てずに廊下を歩いていった。
翌日の朝、シェリルは主寝室に突撃すると、涙ながらにエグバートに飛びついてきた。
「エグバート様!」
「うわっ!? こ、こら、落ち着きなさい!」
「ごめんなさい……私、あなたにひどいことを……」
難なく妻を受け止めたエグバートだが、ぐすぐす鼻を鳴らすシェリルを見るなり、ぎゅっと抱きしめた。もちろん、か弱い妻や腹の子を傷つけないように気を付けながら。
「シェリル、いいんだ。あなたが一番大変な思いをしているんだ」
「……でも、あなたは私のことを気遣ってくれたのに……」
「そう言ってくれるだけで私は十分だよ。……シェリルはこんなに小さな体なのに、新しい命を育てているんだ。あなたは十分すぎるくらい頑張っている」
ぽんぽんと優しくシェリルの肩を叩き、寝起きのため癖の付いた髪を撫でる。
「だから、謝らなくていい。私は……よい父親になると誓ったが、同時にあなたのよい夫としてできることをしようと志したんだ。幸い、私は図体だけは大きいからな。少々叩かれてもびくともしないし、あなたの唇から放たれる言葉なら、なんでも受け止めよう」
「エグバート様……」
「だから、ほら、笑って。お腹の子も、お母様には笑ってほしいと思っているはずだ」
そう囁くと、シェリルはすんっと鼻を鳴らした後、エグバートの胸元に頬をすり寄せてきた。
「……はい。ありがとうございます、エグバート様……」
「いいんだよ。……それで、今日の体調はどうだろうか?」
「昨日より、かなりいいです。お腹も――」
シェリルの言葉を遮り、ぎゅぎゅぎゅぎゅ……と凄まじい音が下の方から聞こえてきた。
とたんシェリルは真っ赤になったが、彼女が何かを言うよりも前にエグバートは口を開いた。
「今のは、私の腹の音だ」
「えっ、どう考えてもわた――」
「いや。私の体が、妻と一緒に食事を取りたいと我が儘を言っているんだ」
全く困った体だ、と嘯いた後、エグバートは微笑んでシェリルの手を取った。
「そういうことなので……もしあなたさえよければ、この我が儘な男に付き合ってくれないだろうか?」
「付き合う、だなんて……」
「迷惑だったか?」
「いえ、全く! 私も……ご飯、食べたいです!」
「いい返事だ」
エグバートは頷くと、シェリルの前髪を優しく払いのけてちゅ、とキスを落とした。
「あなたは最近、あまり食べ物を口にしていないようだから、まずは軽めのスープや果物から食べようか」
「エグバート様はそれでは足りないでしょう?」
「いや、私も今、果物が食べたい気分なんだ」
……それはもちろん、嘘だ。
シェリルと一緒なら、エグバートは何でもおいしく食べられるのだから。
シェリルはしばしじっとエグバートを見ていたが、やがてふふっと笑うとエグバートの手をぎゅっと握った。
「……そういうことなら、分かりました。……エグバート様」
「うん?」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
シェリルとエグバートは微笑みあうと、歩調を揃えて歩き始めた。
三人で食べる朝食は、きっととてもおいしいだろう。
エグバート、頑張る
おしまい。




