南国旅行。
日中は印刷所に、夜はバーテンダーとして働く由記と売れっ子モデルのミドリは日本人の少ない海を目指して海外のとある南国にやって来た。
日本からウン十時間、我々はやっと南国の楽園に到着した。
以前、約束した日本人の居ない海を目指してたどり着いたのだ。
日本とは全く逆の気候に、唖然となりつつも頭を切り替える。
泊まったホテル、全室オーシャンビューの部屋は、セミスイート。
ミドリは断然、スイートと主張したのだけれど小市民な私は却下。
泊まるだけなんだから部屋なんか何個もあったってしょうがないじゃない?
一応、バブルジェットのバスもあるし、ベッドも広い。
「まあまあ、ね。」
大きな窓ガラスから外の景色を見てミドリはうなづく。
「こんな所で勘弁してね。」
私は荷物を片付けながらミドリに言った。
もうー、荷物を持つのは私の役目か? 空港からずっと私は付き人のような感じだった。
英語は不慣れなのでほとんどミドリが対応してくれていたけれど。
「ま、良いでしょう。」
いいホテルへは自分ひとりで泊まってくれたまえ。(ひどいなあー・笑)
「今日はこのまま、時間までゆっくりしてディナーかな。」
着いた時間が中途半端だし、少し時差ぼけがあるような気がする。
「えー、散策は?」
「散策って・・・」
子供のようにミドリははしゃぐ。
こちとら、時差ぼけで頭が痛いというのに。
「まだ明るいじゃないの、なにか面白いものが無いか見てまわりたい。」
海外でも撮影・取材やイベントもあるミドリには海外旅行は慣れたものなのか、時差ぼけもないようだ。
実に羨ましい。
「ごめん、ちょっと体調が悪い。」
ベッドに横になる。
部屋の中は空調が効いていて良いのだけれど、外はさすがにすぐには慣れなかった。
「大丈夫?」
「少し休めば大丈夫かな、悪いけどミドリ一人で行って来てよ。」
一人で送り出すのはちょっと気が引けたけど、久しぶりのプライベート旅行なので楽しく過ごさせたい。
「一人で?」
「悪い。」
「一人で行っても楽しくないじゃない。」
そりゃあそうですが。
「じゃ、明日以降に行く。」
7泊8日、良くミドリは休暇取れたものだと思う。
きっぱり、ミドリは言った。
「いいの?」
「・・・言ったでしょ、一人で行っても楽しくないって。」
窓から歩いて来て私が横になっている頭の方に座り、頭を撫でた。
ひんやりして冷たい。
額に触れたミドリの手は気持がよかった。
「ちょっと・・・由記。」
「・・・なに?」
「熱があるわ。」
熱?
知恵熱?・・・なわけ無いか。
でも、少しボーっとするし火照ってるかな。
「ずっとこんな調子だったの?」
「いや・・・日本を出るときは全然だったけど・・・。」
ぴんぴんして楽しいことを考えていた、遠足へ行くような感覚に浮かれていたような。
「薬、飲んでおく?」
「いい、あまり薬とは相性良くないし。」
「じゃあ、氷嚢を作るわ。即席だけど我慢して。」
そう言うとミドリは持ってきたビニール袋を持って出て行った。
氷でも貰いに行ったかな、なんだか新婚旅行で来た新郎がはしゃぎすぎて無様な姿をさらしているようだった。
せっかく楽しみにしていた旅行なのに。
横になったらなんだか眠くなってきた、ディナーまでにはよくなればいいのだけど。
結局、私が起きたのは翌日のお昼頃だった。
私が汗を背中にどばっとかいたのは想像に難くないと思う。
隣のベッドにはすでにミドリは居なかった。
ちゃあ・・・やってしまいましたよ。
時間があるとはいえ、半日以上も爆睡とは・・・・。
しかし、寝て汗をかいたので熱の方は下がったようですっきりしていた。
身体も軽い。
サイドテーブルには交換したらしいタオルが数枚あった。
ぐううぅーーー。
お腹が空いた。
激しく空腹、なんたって昨日の夕飯も今日の朝食も食べていないし。
・・・っと、それよりもミドリを探さないと。
お礼を言ってからランチを食べよう。
「ミドリ。」
さして広くないセミスィートを探して歩きまわる。
すると篭ったような声でミドリが返事をした、私は返事のした方へ向かった。
「おはよう、体調はいかが?」
ミドリはバスルームでジャグジーに入り、私をシャンパンを飲みながら迎えた。
窓ガラスからはマリンブルーの太平洋と真っ白な白い雲が見える。
優雅といえば優雅ではあるが。
「・・・・・・・・」
「昼風呂?」
「ううん、朝風呂。」
「朝からこの調子なの?」
「うん、気持いいわよ? この眺め。」
がっくり。
朝からずっとジャグジーに入っていたって?
もう、皮膚はふやふやじゃない。
「家でお風呂に入っているのと変わらないじゃないの。」
「家じゃ、こんな景色は拝めないわ。」
「お腹空いた、何か食べに出かけない?」
「ルームサービスにする。」
「適当なのでいいよ、現地の屋台とか。」
郷に入っては郷に従え、私は旅行をすると現地の食べ物を食べる。
B級グルメは特に好きだ。
そこらへんはミドリとは少し違った。
「多分、動けないかも。」
「え?」
そういえば、シャンパンの空き瓶が・・・転がってる。
ミドリはあまりお酒は強くない、強くないくせにこれか。
「酔ってるの?」
「多分ね、自覚はある。」
朝からのご乱交は私のせいか(溜息)。
「のぼせるから出た方がいいよ、ミドリ。」
私も起きたんだし。
昨日は私で今日はミドリか、コレじゃあ海で泳ぐどころか観光もできやしない。
「出して。」
「・・・・甘えなさんな。」
「昨日一晩、看病したのよ? それくらいしてくれてもいいと思うけど。」
ジャグジーから両手を出してせがんだミドリにそう言われたら断れない。
「分かった。」
一息ついて私は濡れるのを覚悟でミドリをジャグジーから引き上げた。
多少、身体は支えられるもののアルコールが回っているせいか足元がおぼつかない。
「少し、太ったんじゃないの?」
あまりにもふらふらするので嫌味のひとつでも言いたくなる。
「失礼ね、ちゃんと平均をキープしてます。」
ぎゅっと片方の頬をつねられた。
「痛たたたた。」
「由記の方こそ、体力が落ちたんじゃないの? 私を支えられないなんて。」
「酔っ払いの相手は大変なの。」
引き上げた身体を拭いてやる、普通ここまでしないけど大サービス。
ベッドが濡れるのを防ぐという意味もあるけど。
「久しぶりにアレして。」
ミドリはのたまわった。
アレかい? アレか?
「いや、それは勘弁して。」
腰に負担がくるし(爆)。
「そんなに距離は無いじゃない。」
5メートル以上はあるじゃない、いくらモデルで体重が軽いとはいえアレは無理。
「愛の力で、やっちゃって。」
そんな、わけの分からん力なぞない!
火事場の馬鹿力じゃあるまいし出ないって、無理を言うな。
「出来ないって言うのに。」
バスローブをミドリにかけた。
「ケチ。」
「ケチって・・・出来ないものを出来ないって言っただけじゃないの。」
気を散らせて歩かせる。
「昔はやってくれたのにな。」
「昔はむかし、今はいま。」
お姫さま抱っこは大変なのだ。
軽いって言っても大人一人持ち上げるのは幾ら体力に自信があっても最近じゃ難しい(悔しい事に)。
「じゃあ、この距離は?」
ベッドまで2メートルくらいのところでミドリは指差す。
こだわるなあ・・・ここまで来たら大人しくベッドに向かってくれればいいのにと思う。
・・・出来なくもないけど、この距離。
「お・ね・が・い。」
おねがい、ね。
ちょっとミドリのソレには弱いかな、私は。
「仕方ないなあ、これっきりだからね。」
「えっ、やってくれるの?」
「自分から言い出したくせに、なにそれ。」
「うそ、うそ。お願いしまーす。」
・・・まったく、調子がいいんだから。
私は気合を入れた、こういう時に某親子の『気合だー!』を思い出す。
息を吐いて、ミドリを抱え上げた。
無事にたどり着けばいいんだけれどな。
ドサッ!!
なんとかミドリを投げるようにベッドに置いた。
やっぱり、キツイ。
男じゃないんだから、こんな要求するなっ。
「じゃ、休んでいて。」
お腹が激空きな私はカバンに持ってきたお菓子を食べようと起き上がろうとする。
けれど首をミドリに両腕を絡ませられて起き上がれなかった。
「ミドリ、これじゃ食べに行けないんだけど。」
「ん、もう・・・由記は色気より食い気なの?」
酔っ払いは大胆だ。
しかも無自覚でエロく迫る、普段は全然エロくもないのだけれど。
お腹も空いているけれど、眼下のミドリの誘いが私の性欲を刺激した。
「何にも食べてないから飢えて死にそう。」
「だったら、私を食べて♪」
・・・・普通だったら言わないであろう、セリフがミドリの口から出た。
コレが酔った勢いというものなんだろうと思う(笑)。
「はいはい、頂きますとも。」
私は濡れたミドリの唇を塞いだ。
「お腹、空いたぁ・・・」
南国は夕暮れも美しい、海岸線に沈む太陽がとても綺麗である。
見渡すところ島も何も見えない。
しかし、そんな風景なぞ見とれることもなくベッドにうつぶせのミドリが言う。
それはこっちのセリフだし。
「私は丸1日、食べてないけど?」
「この際、カロリーの高い物でも可。」
無視かい。
「ここのレストラン、オープンテラスでも食べられるって。」
「いいね、ムードあるわね。」
「行けそう?」
「・・・まあ、大丈夫かな。」
ミドリがそう言ったのでむっくり起き上がり、私は浴室に向かった。
途中、ミドリが乱入してきそうになったので鍵を閉めて対応することになったのだが。
さすがに今晩の夕飯を抜かすのは困る。
良く考えると昨日チェックインしてから私は部屋から一歩も出ていない、そんなのは家に居るのと同じだ。
窓からの景色が違うだけ。
バカンスの意味も無いではないか!(まあ、昨日は私が体調を崩してしまったのが原因だけれど)
体調は全快したので夕飯はばっちり食べられそうだし、時間が許せば散歩も出来る。
さっさとシャワーを済ませミドリに代わる。
「一緒にしちゃえば早かったのに。」
「・・・・なわけ、ないじゃない。絶対遊ぶんだからミドリ。」
「失礼ね。」
「十中八九、外れナシよ。」
私はまだブツクサ言うミドリを浴室へ押し込んだ。
「ひどいー」
中で声を抗議の声を上げたが無視、無視。
こちとら、空腹なのだ早く夕飯にありつきたい。
少し、服装に気をつけて着替えた。
一応、星が何個か付くホテルだし。
せっかくだし地元料理がいいな、アレンジでも可。
お酒は軽めに、と・・・ミドリには言っておかないと。
朝からいつもよりAL分取りすぎだったし。
その効果か、ミドリにしては早く浴室から出てきた。
「そんなにお腹空いてるの?」
「由記が、でしょ?」
そう答えながら目の前でテキパキと着替えはじめる。
ひとのせいにするか・・・まあ、いいけどね。
明日は海かな、やっぱり。
海目的だし、日本人が居ない外国の海岸ってことで。
実際にはまだ出歩いていないからわからないけれど。
日本を出るときに持ってきたパンフレットを見ながら思う、コレだけ景色がいいのだ。
さぞかし真近で見たら綺麗なのだろうと思う、したいことは色々あるのに2日ダメにしてしまったので残りの滞在中は満喫しよう。
「どう、由記?」
「うん?」
パンフレットに見入っていた私はミドリが近くに来たのが分からなかった。
いつのまにやら着替えてしまい、準備万端。
「・・・相変わらず。」
私の感想。
「なによ、その言い方。」
「いやいや、さすが。」
「・・・訳が分かんないわ。」
ミドリは私の態度が理解できずに苦笑した。
似合っているのか似合っていないのか私に聞いたのに、別な答えが返って来たからだろう。
聞かれたことに答えるとすれば『似合う』。
正直いうと、妥当な言葉が出ないという感じ。
長い髪は後ろでUPにし、いつ手に入れたのか地元の生花でアクセント。
部屋の花瓶から拝借したのかもしれない(笑)。
意外と肌が露出されたドレスは男じゃなくても目が行くと思う。
「今朝のことで、ミドリの職業忘れてたよ。」
「職業は関係ないでしょ。」
イスから立ち上がる私に手を差し出すミドリ。
「良く似合ってる。」
「ありがと。」
我々は、未知の(笑)レストランに向かった。
レストランはにぎわっていた、見渡すと日本人は居ないらしい。
二人見合わせ、肩をすくめて係員の誘導してくれた席に着く。
残念ながらテラス席は風が強くなってきたため、片付けられていた。
「残念ー。」
「でも、窓側の席だしね。」
あちこちに松明があり、オレンジ色の炎が揺れている。
んー・・・メニューが。
当たり前だけれど英語だ(爆)、多少は読めるけれど半分以上は分からない。
勉強はしてきたけど、あがっちゃって無理。
「・・・ミドリに任せる。」
「だらしないわね、由記。」
仕方ないわねと言うような顔をしながらウエイターを呼んで頼んでくれた。
もう、ミドリ様にお任せ状態でこちらは大人しくしている。
「由記の好きな地元の料理のコースを頼んだわよ。」
「助かりました。」
持つべきものは旅慣れた親友だね。
日本国内なら、まったく不便しないのに。
運ばれてきた食前酒に口を付ける。
「・・・強っ。」
思わず口を手で押さえた。
「これで食膳酒?」
ミドリも少し顔をしかめる。
「いきなりこれはびっくりだけど・・・・。」
「私もはじめてだわ。」
二人で無言になる、ミドリは朝からシャンパンを飲んでいたし私は作ることはあるがあまり強いものは飲まない方だ。
「酔ったら連れて帰れないよ。」
「一口でいいわね、これは。」
ミネラルウォーターに切り替えて頼んだ。
二日酔いになって昨日・今日の二の舞はさすがに困る。
「なんかすごく熱くなってきたんだけど。」
「一口でもまわるわね。」
なんだかふわふわしてきた、匂いだけでも酔ってしまいそうだ。
アルバイト先でも時々、強めのお酒を作る事があるけれどそれに増しても来るな。
料理は場所柄、海の物が多く海外にはめずらしく刺身も出た。
「こんな場所でお刺身が食べられるとは思わなかった。」
「さっき聞いたら、シェフに日本人の人が居るんですって。」
「へえ、でもお刺身を出すのは難しかったんじゃないのかなあ。」
「ま、最初はね。でも出しているうちに受け入れられてきたんだって。」
美味しい物は万国共通なのだな。
そのあとにも色々、変わったものが出てきて興味深かった。
空腹だったお腹も満たされる。
「久しぶりにレストランで食事したよね。」
「そうね、ここのところ・・・というか半年くらい外で食べる機会なかったし。」
仕事もあるけれどミドリ本人が周囲の視線を嫌って滅多に食事には出歩かなかった。
そこらへんはかわいそうだなと思う。
「その点、周囲の関心を集めない外国は気が楽だわ。」
言っている事は日本を出るまでに感じていたピリピリしたようなものが無くなっているミドリを見れば一目瞭然である。
ただ、日本のように煩わしい視線ではなく好奇の視線は今も感じている。
本人は気にしない程度の視線らしいのだけれど。
私は自分の事のように嬉しい反面、少し気に触る。
まあ、仕方が無いか。
さっき見たときに私だって見とれたくらいだし。
「由記?」
「え? なに?」
「大丈夫?」
ミドリが私の顔の前に手をやって振る、私が酔っていると思っているようだ。
「酔ってないよ。」
ぼーっとミドリを見ていたとは言えない(恥ずかしくて)。
「焦点合ってなかったわよ。」
「そう? 大丈夫だよ。」
視線を反らすようにミネラルウォーターを飲んだ。
「本当に?」
「なんで?」
「風はちょっとあるみたいだけど、下のプライベートビーチへ散歩へ行かない?」
「・・・いいけど、大丈夫なの?」
防犯とかその他諸々。
「大丈夫でしょ、プライベートビーチだし。」
気楽に言うなあ、そこのところは無頓着なんだよねミドリは。
「ふふふ、いいよ。」
「・・・その最初の笑いは?」
「ミドリらしいって笑ったの。」
眠くなる前に散歩に行く事にした、今日は明日の為に運動して早く寝よう。
プライベートビーチへの降りる道には最低数の街灯しかなかったけれど月が全体を照らし、足元をあまり注意しなくても良かった。
砂浜は日中の太陽の熱をまだ保っていて、温かい。
「月が明るくてびっくり。」
あまりにも明るいものだから近くの星が見えずらいくらい。
私の体調に影響した土地の温湿度も今は大丈夫。
「雲もなくてね。」
「波も穏やかで、海を見て綺麗だなって思うのも久しぶり。」
「撮影で行ったじゃない、海は。」
「撮影は仕事だからそんな余裕ないの。」
「それに、海はどうでもいいじゃなかったっけ?」
浜辺には私たちの他にちらほらと人の影があった、考える事は皆おなじか(笑)。
「どうでもいいのは仕事の時と、地元に居る時。」
「今は違うの?」
「当たり前でしょ、今は由記と一緒だもの。」
「私と一緒だと、どうでもよくないの?」
「海を見て感じることが嫌じゃないからよ、苦じゃないとでもいうのかな。」
地元で毎日、海を見て感じていたミドリ。
海の無い地域に住み、過ごしていた私。
「そんなこと言うと自惚れちゃうよ?」
「自惚れちゃって。私、由記にベタ惚れなんだもん。」
ミドリは身体を寄せて来た。
「そう?」
「気付かなかった?」
「うーん、ミドリは隠すのが上手だからね。」
「・・・由記の方が、油断できない。」
「なんでさ?」
「ポケットに名刺とか、ありえない口紅痕とか色々・・・。」
・・・・・なんで、ミドリがそんなの知ってるわけ?(汗)
「覚えありでしょ?」
にやりと、私の顔を見る。
「う。」
「何でも知ってるけど、言わなかっただけ。言ってもはぐらかすもの、由記。」
声色は怒ってない様子で普通に話す。
「人ってやましい事を追及されると頭にくるじゃない? 私だってそうだし。」
「断っておくけど、んぐっ!」
私が言おうとするとミドリが手で私の口を塞いだ。
「分かってます、って。由記、もて体質+口説かれ体質だものね。」
なに、それ?
口を塞がれながらわが身に掛けられた体質(ミドリ考察)の嫌疑に軽く驚く。
「由記が私の事、大事に想ってくれているのは感じてるから。」
カミサマに誓って余所見はしてない。
ただ、ミドリが言うように本人の意に反して近寄って来られることは多々ある。
相手がお客さんだと邪険に出来ないのが困りものだった。
「時々、言いたいことがあるよ。」
口を押さえる手を外し、手を繋いで私は歩き出した。
「言いたい事?」
「そう。」
付き合っている人が居ると言って断るのだけれど、半分以上は納得してくれない。
言っても、うそーっと言われて笑われる方が多いかもしれない。
「ミドリと付き合っているから付き合えないって。」
「・・・言ってもいいのに。」
「あまり信じてもらえそうにないから言った事ない。」
「確かに、その場しのぎの嘘っぽく聞こえるわね。」
くすりと笑うミドリ。
「自慢もしたい。」
「私もよ。」
言いたいけれど言えないというのはすごい我慢でストレスがたまる。
秘密を抱えながら生活をするのもかなり大変なのである。
「いつか言えたらいいと思うんだけど。」
「うん。」
繋いだ手がギュッと握り返された。
月は煌々と行く手を照らす、海は月の光を反射して眩しく光った。
そして私たちは歩く先で繰り広げられている営みを横目に色々な事を話しながら散歩した。
翌日も晴天!
もちろん朝から海へ、昼も夕方も海へ。
遊び・堪能尽くした。
やはりミドリは焼くのは嫌だったようで丹念にオイルを塗れといってきた。
はいはい、仰せのままに。
私はこき使われる召使の如く、こまめにオイルを塗ってやることに。
そのおかげか、ミドリが日焼けを気にすることなく帰国することができた。
私はほどほどに焼いたはずなのにどちらの職場でもしばらくは注目を浴びる事になってしまった。
おかしいな?(笑)。
しかも、アルバイトの方は声を掛けられる回数が増えた気がするし。
高級ホテルなのに、日焼けバーテンダーがなぜ人気あるのか分からなかった。
「ごめん・・・」
私はとりあえず謝った。
目の前にはYシャツ、バーテンダーの衣装。
ミドリは洗った髪をドライヤーで乾かしながら私の謝罪を聞いた。
「・・・これで何回目?」
「3回目、かな?」
多分、3回目。
Yシャツに口紅が付くのが(爆)。
洗濯をミドリがするわけではないのだけれど、見つけたら嫌な思いをするしと思い自己申告。
「皆さん、なんでこんな色クロさんが気に入ったかしら?」
ちょっと、ミドリ言い方がひどくない? 仮にも恋人に向かって。
「知らないわよ、こっちだって困ってるんだから。」
毎回ミドリに謝らないといけないし、心理的影響も大きい。
・・・・名刺は見えないところで処分してるけど。
「ミドリは変わらなさそうでいいなあ。」
私のように苦労(?)してなさそうなミドリに一言も言いたくなる。
「まあ、由記のように劇的な変化はないけど。」
劇的な、ということは多少の変化はあったんだ?
私にはまったく分からないけれど。
「へえ、どんな変化?」
「少しとっつきやすくなったんですって。」
「なにそれ?」
「以前は、ちょっと話しかけずらかったらしいけど・・・」
ミドリは首をかしげる。
本人にはその意識はなかったようで、私から見てもそんなにお堅くとまっていたようには思えなかったのに贔屓目に見ても。
「この間の旅行かな?」
「そんなに変わったことは無いでしょ? インドとか行った訳じゃないし。」
「うーん、別にないね。」
家でのミドリは以前と変わったところはない、ただ仕事をしているミドリは近くで見ているわけではないので正直わからなかった。
「色が退色するまで、仕事辞めとく? 由記一人くらいなら養えますけど?」
いつぞや、私が言ったセリフをミドリが笑って言う。
「・・・それって、嫌味?」
「まさか、本当に困っているならって事よ。」
ドライヤーのコンセントを抜く。
「それくらいで辞めるのもちょっと・・・」
「なら気にしなくてもいいんじゃない?」
「・・・ミドリはいいの?」
気にしていたのはミドリだし。
「この間の旅行で、再確認できたからいいわ。」
「毎回、謝らなくてもいいわけ?」
「コレが何回続くか分からないけれどさすがに回数が多いと呆れて聞くのも嫌になってきそう。」
「ごめん。」
「本人には非ない分、罪作りよね。」
フェロモンというのも・・・・と付け加えた。
フェロモンって、私は昆虫か!
「由記、立ってないで早くお風呂入ちゃって。」
ミドリは私を急き立てるように浴室へ促した。
とりあえず今後は毎回謝らなくてもよくなった様だ、ただなるべくそういう事態に持ち込まれないように防御することは怠らないようにしないと、と思う。
ミドリには仕事に専念してもらいたいし、余計なことで煩わせたくない。
ほんとに、この秘密を口外できたら楽なんだろうけどなぁ。
世の中、上手く行かないことを恨みながら私は浴室へ向かった。