私と彼女と海について。
夏は過ぎましたが本作品、ストックものなので時期外れになりますがご容赦下さいませ。
布団はふかふかで太陽の匂いがした。
膨張し、身体が包み込まれる。
布団は太陽の下で干した方が断然いい、乾燥機で乾燥させると湿った布団が乾くけれどお日様の匂いがしない。
無機質だ。
私は自然の方がいい。
「ミドリ・・・」
私はミドリの身体を後ろから抱きしめる。
持て余していた身体をちょっと前に開放してあげた。
私の触れた鼻先にありえない海の香りをかぐ。
「潮のにおいがする。」
「・・・ちゃんと髪、洗ったのに。」
だるそうにミドリは言った。
今日は季節外れな海での撮影だったミドリ、髪の毛が痛むと嘆きながら帰ってきたっけ。
「うん。布団は太陽、ミドリの髪からは潮の匂い。」
「嫌?」
「全然。好きな匂い、海は最近は行ってないな。」
私は海の無い県に生まれたから、海は憧れだった。
いつだったか、水平線から上る太陽を見た時はすごく感動した。
また見たいと思って今に至るのだけれど。
反対にミドリは海は生まれた時から見慣れているものだったから特別感慨はないらしい。
「由記は海に行きたいの?」
「海は憧れだったから、海を見てるだけで飽きない。」
「地域差なのね、私なんか小さい頃から見てるからどうでもいい感じだけど。」
ほんとうにどうでもいい言い方(笑)。
「実はこの間、お客さんに誘われたんだけどね。」
ぴくり。
ミドリが反応する。
「・・・・初耳。」
「初めて言ったんだもの、初耳に決まってるじゃない。」
「デートに?」
「そう。」
声色に嫉妬を感じたけど、そのまま続けた。
「なんで言うのよ、内緒にしてればいいのに。」
脈絡の無い、ミドリは突き放すように言う。
「海で思い出したの。」
「その人、いいとこ突いた誘い方ね。」
「・・・まあ、ちょっとは考えたけど。」
私は”海”に弱い。
お客さんは私をデートに誘うのにどうしたらいいかよく考えているとカウンターで言うけれど、一番の口説き文句は『海に行こう』である。
ほいほい付いてく私ではないけれど、確率は意外に高い(爆)。
「考えたわけね。」
「うん、でも断ってるよ?」
暗めのライトでも艶がわかるミドリの黒髪に鼻先を埋める。
「どうして?」
「だって、海へはミドリと行きたいから。」
「海は嫌い。」
「そっか。」
嫌いと言ったミドリだけど、本心じゃないのは分かる。
照れている、ミドリ。
何年、一緒に居ると思う? 天邪鬼なんだから・・・。
「今年の夏には行きたいね。」
「日焼けするじゃないの。」
モデルには日焼けは天敵、去年もプライベートでは行けなかった。
「日焼けしたら、一時活動休止すれば? ミドリ一人くらい養えるよ。」
ミドリの方が高給取りだけどね。
「日焼けが直るまで?」
かすかに笑いを含む。
「そう、日焼けが直るまで活動休止しなよ。」
「・・・そうしようかな?」
まだ、少し先の話だけどスケジュールが詰まっている売れっ子モデルの事だ、先の事も考える。
復帰は甘くないと思うけど、ミドリなら大丈夫だと思う。
モデルだけじゃなくて多芸なので、モデルじゃなくても食べて行けると私は確信している。
「そうそう、楽しみだな。滅多にミドリの水着姿は拝めないから。」
「だったら、国内は嫌だから。」
ミドリがもぞもぞと動いて身体の向きを変えた。
「なんで?」
「だって、国内の海水浴場なんてイモ洗い状態でしょ?」
・・・確かに。
TVで放送される海水浴場は連日、人・人・人を映しているっけ。
「場所によるんじゃないの。」
「日本人が居ないところがいい。」
ミドリ様、難しい事を仰られる。
この世界に日本人が居ない場所なんて無いと思うんだけど。
だけど、せっかく本人が行く気になっているんだからその気になっているうちに決定しておかないと。
「じゃ、夏まで探しておく。」
私はミドリの額にキスをした。
今年の夏の予定が立った、いつもミドリは仕事優先でプライベートを優先した事が無い。
本人がいいならいいんだけれど、やっぱり私もミドリと海にも遊びにも行きたいと思う。
「私や由記を知らない日本人が居いないところ・・・」
「心細くない?」
「英語は話せるもの。」
「さすが英検1級、私はリスニング程度だけど。」
海外旅行だって数えるくらいしかない、ミドリの方が仕事柄多い。
「今から勉強する、由記?」
勉強かぁー、この年になって勉強はなぁ。
「この私がワンツーマンで教えてあげる。」
「・・・・・・・・」
無言。
「・・・ちょっと、由記。」
反応がなかったのでミドリは私の頬をギュッとつねった。
「海外旅行に英語は、必須なんだからね?」
「はいはい。」
私たちの旅行には、って付くけど。
大概は日本人が世界の観光地に居るけれど、ミドリの希望は日本人が居なさそうなところ。
世界共通語である英語での会話が絶対条件・・・大丈夫かな。
「じゃ、決まったところで。」
「決まったところで?」
ミドリは足を絡めてきた。
「由記を誘ったお客さんって女の人?」
「そこ? 決まったところでそこへ戻るの?」
「当たり前でしょ、考えたって言ったわね。」
ずいっ、と顔も近づけてくる。
「う、浮気じゃない。考えただけ。」
「でも、ちょっとは考えたんでしょ? 私が居るのに。」
追求の手はゆるめない、ミドリ。
「ゴメン。」
考えるのもダメなのか、難しいな女心は。
「私は由記以外、考えたこと無いのに。」
ぼそり。
ミドリは口に出す。
そしてぎゅっと私の身体にしがみ付いた。
「どうしたら私の事だけ考えてくれるの?」
「考えてるよ。」
「だったらどうしてあんな事を言うの?」
・・・しまったな、地雷を踏んでしまったようだ。
言ってしまった事を後悔した、最初にミドリが言ったように内緒にしておけばよかった。
「ゴメン、ミドリ。」
泣いてはいないけど泣きそうなその顔を自分に向けさせる。
いつも見てるミドリの顔、初対面で私は思わず目を反らしてしまった。
彼女は世間で言われているように美しかった、モデルだし当然と言えば当然なのだけれど。
触れてはいけないような美しさが彼女にはあった、そして当時は手を伸ばしても届くことはないという現実。
でも、いま目の前に居るのはミドリ。
その時、感じたのはミドリの方も同じだったと後で言われた。
目を逸らされて、少し傷ついたとも。
お互い一目惚れらしい、これも後でわかった事。
私よりミドリの方がよっぽど私を好いていてくれている。
「好きなのはミドリだけよ。」
唇に軽く触れるキス。
「うそ。由記、博愛主義だもの。」
ひどいな、私は苦笑する。
確かに、気軽にスキンシップをはかる方だけど(特に女性)。
「本当に。」
また触れて、今度はくちびるを開かせる。
彼女は抵抗せず、ゆっくりと私を受け入れた。
「ミドリが好きよ。」
前にも言ったし、ずっと言い続けている。
どれだけ言ったら納得してくれるのだろう?
もしかしたら言われないと自分が愛されてると実感できないのかもしれない。
「もっと言って。」
切なげに言われ、胸が苦しくなる。
「キスしながらはちょっと無理っぽい。」
「・・・なら、愛して・・・由記。」
「いいの?」
「ん・・・」
再び熱が戻ってくる、はじめに感じた熱とは違うもの。
感情と欲情の入り混じった激しい予感。
またピンク色に染まり始めたミドリの身体に私は唇を落とした。
そこに日向の匂いはすでになく、濃厚な甘酸っぱさが漂う。
そして身体の中からの熱に浮かされるように私は、ミドリを愛しながら彼女が果てるまでずっと言い続けた。