「姉さんをギャフンと言わせたい」
ボクは姉さんと向かい合うために立ち上がる。
イブさんが名残惜しそうな目をしていたけど、君……最初嫌がっていなかった?
「まだわからないでしょ?」
「ええ。だから念のため、このまま何も食べないで数日過ごすわ。これからも満月の日はずっと、ね」
「いけませんわ。せめて、せめて今日だけでもお食べになってください!」
リリアさんにすがるように懇願され、姉さんは困惑している。
さすがに彼女の申し出までは拒否できなかったらしく、姉さんはしぶしぶといった様子で頷いていた。
「リリアがそこまで言うなら……ただし! アンタからは受け取らないからね。変なものは食べないからそのつもりで」
「警戒心強いなぁ……そんなの、どうしようもないじゃないか」
どうしようもない。
少なくともボクには、だけど。
まだ目を覚まさないクロイスはローレンスさんに任せて、ボクたちは祝勝会として準備された食卓へと赴く。
ガイアルも細かいことは気にしないみたいで、負けたというのに祝勝会という名目のまま食事をするらしい。
……この場が、ボクにとっては勝負どころだ。
目的の人物を探すと、彼女はちょうど食事を運んでくるところだった。
「サラさん。仕込みは順調?」
「はい。私では警戒されそうなので、フローラに任せてあります。彼女なら上手くやってくれることでしょう」
「そうだね。姉さんの扱いはフローラさんに任せれば間違いないや」
家でも、父さんやボクよりフローラさんに懐いていた姉さんだ。
……あれを懐いていたというには語弊があるけど、警戒心が一番緩いのは間違いない。
事前に協力してくれるように頼んであるし、大丈夫だよね?
「ちなみにサラさんが作った料理はどれかな?」
「この運んできた品で全てとなります」
色とりどりの食材に、見栄えを良くするために盛り付けられた姿は、ガイアルのメイドにも引けを取らない完成度だ。
これなら姉さんの前に出しても……。
「ちなみにこのやり取り、監視されていますよ」
「えっ!」
指摘された方へ顔を向けると、姉さんがリリアさんと一緒にジト目を向けてきていた。
……そうだよね。ボクとサラさんの仲は知られているから、そりゃあ警戒されるよね。
「じゃあ、サラさんの料理はボクが全部――」
「俺もいただこう」
「あっ!」
後ろからヒョイっと手を伸ばされると、目の前から料理の乗ったお皿が目の前を通り過ぎていく。
視線を追っていくと、この主催者……ガイアルがお皿を片手に立っていた。
「何も独り占めすることはないだろう。お前とアイツに以外にも人はいるんだ」
「だけど、大丈夫なの?」
確認も込めて、サラさんに聞いてみる。
彼女はフローラさんに任せたといっていたけど、ボクも同じ料理を食べる必要があるため、万が一ということもある。
でも、それは杞憂だったらしい。
「ご安心を。旦那様の話では血の繋がりが重要らしいので。もちろん、例のアレは別に用意もしてありますが」
「そっか」
こういう仕事で、サラさんは嘘をつかない。
普段の行動はアレだけど、やることはちゃんとやってくれるし、頼りになるメイドさんだ。
「じゃあ安心して、ボクも食事できるね」
「ああ。ところで、兄貴が勝ったということは、お前は兄貴の嫁になるのか?」
「ブブッ! ……ゴホ、ゴッホ!」
安心して喉を喉を潤そうとして……むせた。
「はぁ……はぁ……ちょ、なんでそうなるの!」
「ん? 違うのか」
「え、違うのですか?」
気づけばサラさんまで不思議な顔をしている。
……きっといつもの悪乗りだ。彼女には伝えてあるし、そうだと信じたい。
「そうだよ。これでボクは戻るんだから……クロイスも応援してくれるって言ったし!」
「ほう。ま、それ以上は本人たちの問題だ。約束通り俺は手を引こう」
「殿下もかわいそうなお方ですね……シクシク」
サラさんは嘘泣きまで始めて、状況を知らない他の使用人はボクを非難するような目で見てくる。
違う……違うんだよ。泣きたいのはボクのほうなんだよ。
でも、その中でも一人だけ無表情で近づいてくるメイドがいた。
あれはたしか、ボクがお世話になった……。
「グッジョブ」
「何が!!」
それだけ言って、彼女は忙しそうに去っていった。
他の使用人もそれに合わせ、まるでボクから逃げるように散開していく。
「……どう思われたのかな」
「聞きたいか?」
「いや、やめておく」
いつの間にかサラさんも居なくなっていたけど、離れた場所に姿は見つけた。
……うん。ガイアルのところの使用人と仲良くするのは良いけど、チラチラとこちらを見てくるのは何でかな?
そうしてその中からメイドが一人寄ってくる。
代表としてボクを責めにきたのかな? とも思ったけど、それはボクもよく知っている、そして今回のキーマンでもあるフローラさんだった。
何故か、彼女にしては珍しいほどに暗い顔を浮かべている。
「フローラさん? どうかした?」
「誠に申し訳ないのですが……」
そう言って切り出されたのは、姉さんに食べてもらうことが無理だったとのこと。
先程の宣言通り、姉さんはリリアさんに出されたものしか食べなかったし、こちらの行動は一々監視され、自由に動くことも厳しい状況だったとのことだ。
「なので、タイミングがどうも掴めずに。すみません」
「まさかフローラさんでも無理だったなんて」
今の姉さんは軽く近づける雰囲気ではないらしい。
……まあ、ボクも不用意に近づいて何度もとばっちりを受けたから、今は関わるべきではないというタイミングはわかる。
全てフローラさんに任せて、好き勝手行動していたボクにも責任はあるし、ここは次の一手かな。
「ということで、今夜泊めてくれないかな?」
「またいきなりだな。前回のようにやぶれかぶれではないことはわかるが……何故だ?」
「姉さんをギャフンと言わせたい」
そう伝えた瞬間。
ガイアルだけではなくフローラさんにも顔をそらされた。
肩がプルプルと震えているところを見ると、二人とも笑いを堪えている?
「な、なんで笑うのさ!」
「今どきギャフンはないだろ」
「ハ、ハーちゃんのそんなところも愛おしいですね」
そのまま二人に揶揄され、途中から復帰したクロイスもそれに加わる。
「ギャフンは……今どき……ククク」
「だよな。さすがに俺もないと思う」
「さっきまで勝負していたのに、二人とも何さ!」
傍から見たら、仲良く三人で雑談しているように思えただろう。
しかし、このときのボクはそれを見つめる視線には気づいていなかった。
後から、彼女にソレを指摘され……自分の認識が甘かったことを思い知ることになったけど。




