「既にハヤトが嫁に行くのは決定のようなものね」
どちらかが一撃を入れた時点で勝敗は決まる。
さっきの時点ではガイアルが二発、クロイスが一発入れていたので、一見するとクロイスの有利に思える。
が、彼は左腕と左足を負傷済みだ。
そんな状態でまともに戦えるとは思えない。
「悪いが勝ちにいくぞ!」
「ああ、来いっ!」
痛みを我慢しつつ、クロイスは左側に来る猛攻に耐え続ける。
剣技のみ。
足を警戒しないで良いのは助かるが、逆に言えば純粋な力比べだ。
ただでさえ左側に力の入らないクロイスには、相当不利な状況だろう。
横のなぎ払い、縦の上段降ろし。
クロイスはそんな隙だらけの攻撃も受けるだけだ。
反撃もせず、ジッと次の攻撃はどこかと予想して耐えている。
「フッ、防戦一方で回復でも待っているのかっ!」
「……ハッ! ……フッ!」
「くっ、なぜ決めきれない!!」
だんだんとガイアルは焦っていく。
速さにモノをいわせた斬撃も防がれ、力任せに押し込んでも耐えられる。
そのくせ、挑発には乗ってこないと来た。
攻め続ける彼もそろそろ疲れてくる頃だろう。
「集中力の途切れを狙っているようだが、甘いぞ!」
「………………」
クロイスは、静かにタイミングを待つ。
たしかに攻撃するよりも防御するほうが体力を温存できる。
負傷している人物には適した戦法だろう。
だがしかし。
ガイアルは距離を取ると、だらんと構えを解いた。
そして、つかつかとクロイスの方へ歩みよっていく。
これにはさすがのクロイスも驚きだったらしい。
「何の、つもりだ」
「さあな。少なくとも俺は真面目だ」
クロイスは攻めない。
それがわかっているからこそ、ガイアルも無防備な状態で近づいていく。
もし、クロイスが攻めたら。
カウンターによってすぐに沈められることだろう。
しかし、このまま近づかれたら?
至近距離からの一撃に反応できるかどうかわからない。
クロイスがどう行動するか。
考えている間にも、二人の距離は近づいていく。
そして――。
「ハァァッ!!」
先に動いたのはクロイスだった。
今までの防戦を投げ捨て、ガイアルに襲いかかる!
「何のッ!」
「クッ、やはりか!」
しかし、それも難なく流される。
受け流した後に一撃。クロイスもその行動は予想していたらしく、その場からサイドステップで飛び退く。
再びガイアルの猛攻が始まった。
「ウォォォォォ!!」
「グッ……ガッ!」
時々顔をしかめながらも、クロイスは耐えている。
左足が痛むのだろう。両手で握ってはいるが、左手も痛むに違いない。
「もう……やめてよ。クロイスも、無理しないでよ」
クロイスが負ける。
つまり、ボクが一生姉さんの身体で、ガイアルに嫁ぐことになる。
そうなっても良いと思うくらいには、ボクの親友は既にボロボロだった。
しかし、ボクの呟きは、届かない。
「はぁぁぁぁ!!」
「ちっ、しぶとい奴だ!」
時折、クロイスも反撃を加えるもガイアルには届かない。
剣で防がれることもなくヒラリと躱される。
そんな動きからも、どちらが優位かは明らかだった。
そして反撃を加えた後には、ガイアルの追撃が。
大きく躱すクロイスは隙だらけだ。
そしてふたたび始まる猛攻。
決着は時間の問題に思えるくらい、二人の疲労は顕著にあらわれていた。
見ている方には数秒。
本人たちからすると数分の出来事にも思えただろう。
やがて打ち合いをやめ、どちらからともなく距離を取る。
お互いに肩で息をしているところを見ると、決着は近い。
「はぁ……はぁ……粘るじゃないか」
「はぁ……意地が、あんだろ? 男の子には……な?」
「違い……ねぇな!」
ガイアルが吠える。
彼は駆け出した。それに遅れて、クロイスも駆け出す。
そして――
二人の剣が、交差した。
「俺の勝ちだ、好敵手」
「……ああ。そして、俺の敗北だ」
ボクの場所からは、どちらが勝ったかわからない。
しかし、二人の間で決着はついた。
同時に、ローレンスさんが勝者を宣言する。
「勝者、クロイス様!」
その宣言は、何よりボクを喜ばせた。
「クロイス! やったねっ!」
「ちょ、ハヤト! そんな場所から危な――グハァ!」
処刑台……じゃなかった。高みの見物台といっても、高さは人一人分くらいだ。
二人が近くにいたこともあって、ボクはそのままジャンプしてクロイスに飛びつく。
彼は受け止め……ようとしてくれたけど、勢いをつけすぎたようでそのまま押し潰してしまった。
「ちょ、大丈夫! 起きて! ねぇ、起きてってば!」
ボクは馬乗りになりながら、クロイスの頬をペチペチと叩く。
「お、おい。ハヤト……? そんなに叩くなよ」
「だって、この感動を早く分かち合いたいんだもの! ほら、返事してよ!」
ボクが起こそうと必死になっている間に、イブさんや姉さんも近づいてきた。
心なしか、皆ボクを見て引いているようだ。
「あ、貴方? その仕打ちはあんまりじゃないの?」
「だってクロイスが……イブさん?」
「あっ、これまずっ!」
「イブさーん! 勝ったよ! クロイスが勝った!」
「そんな立ったみたいなノリでっ! ちょ! 離れなさいって……キャ!!」
今度は勢い余ってイブさんを押し倒す。
けれど、この喜びはまだ伝え足りない。
「だって、これで……これで元に戻れるんだよ。お嫁にいかなくて済むんだ!」
「ふぁっ……顔を擦り付けるのやめっ……んん。でもこれはこれで……」
いつのまにか頭をナデナデされていたけど、ボクを優しく包み込んでくれるイブさんは暖かい。
このまま寝てしまおうかな……とも思っていると、誰かに頭を叩かれた。
「痛っ!」
「何やってんのよアンタは。それに、私は戻る気ないわよ?」
「え?」
その言葉に、正気へと戻される。
「既にハヤトが嫁に行くのは決定のようなものね」
それは、姉さんの中でだよね?
その言葉は、ボクの作戦の邪魔になるため飲み込んだ。
勘違いしているなら、都合がいいや。




