「……最後に、パパって呼んでくれないか?」
あの後、言われたことについて考えてみた。
あれから何度か聞いてみたけど、イブさんは口を閉ざすかはぐらかすかのどちらかだし、いくら姉さんが消えるといっても、今はボクがその身体に入っている。
「まさか身体ごと姉さんが逃走? それよりもボクが嫌になって消えるほうが現実的だけど、第三者の介入なんて……」
いくら悩んでも答えは出ない。
そうなる可能性があるってだけでイブさんも半信半疑だし、誰がキッカケまでかは覚えていないらしいし。
ま、もうボクにできることは少ない。
せいぜい、クロイスが勝つように応援をするくらいかな。
「ハヤト様。明日は景品として飾られますのでは? きちんと清潔に、ごゆっくりと整えてきてください」
「とかいって、サラさんも一緒に入るんだよね?」
「当然です」
もはや慣れてしまった姉さんの身体とも、あと何日かでおさらばだ。
おさらば……出来たらいいなぁ。
「明日はお嬢様と再開できる予定なのですよね?」
「うん。姉さんも二人の決闘を見るって。何でもガイアルの屋敷にいる人はその時間だけ庭に集まるように言ったとか」
外部の人まで集めなかったのは助かったけど、使用人たちに見られながら……というのも緊張するものだ。
クロイスは大丈夫なのかな?
「なら、ウチの使用人の腕が劣っていないように見せる必要がありますね。明日は普段よりも早めに起こしに行きます?」
「うん? ボクの装いはいつも通りでいいからね?」
「ええ。いつも通りに仕上げてみせますわ……パーティ用のいつも通りに」
「何か言った?」
「いえ、何も」
その後は無駄に丁寧に身体を洗われ、普段はサラさんだけなのにフローラさんも加わって肌のケアやマッサージまでやってくれた。
もうすぐ姉さんに身体を返すから、その準備なのかもしれない。
そうして、いつもより二倍ほど時間をかけた湯浴みが終わった後、フローラさんから父さんの部屋に行くように言われる。
「? 珍しいね。この時間になんて」
「おそらく、明日のことについてでしょう。旦那様は呼ばれておりませんので、霊草の処理についてのことだと思います」
「フローラさんは明日、来るんだよね?」
「はい。久々にセシリア様の姿がお見えになるのでしょう? なのでこの機会にお仕置……教育をしておきませんと」
……ボクは何も聞かなかったことにする。
父さんの部屋にノックをしてから入ると、そこには丸まった何かが机にデン、と置いてあり、珍しく書類や不用品は片付けられていた。
「このような時間にお呼びですか?」
「ああ。随分と遅い……というか、雰囲気がいつもと違うように見えるな」
「そうでしょうか?」
「……調子が狂う。いつも通りにしてくれ」
……ボクを見て目をそらすのはやめてくれないかな?
何だか自然と姉さんの振る舞いが身についてしまったような気がするけど、父さんにそこまで言われるなんて。
「ごめん、ボクもどうかしてた。それで、これが例の?」
「ああ。問題はどうセシリアに摂取させるか、だ」
液体にする方法は使えない。
この霊草は成分が抽出されてしまっているので、直接食べさせる必要があるという。
けど、ボクがそうだった以上姉さんが三日間断食をしてもおかしくはない。
「なら、細かくして飲み物に混ぜる?」
「口に違和感を感じた時点で終わりだろう。調理は俺の専門ではないので、ここはあいつに任せるか」
しばらくして、サラさんが父さんの部屋に来た。
……少し服が乱れているから、休憩でもしていたのかな?
「すみません。急なことでしたので遅くなりました」
「いや、大丈夫だ。ところでこいつを調理できるか? できれば気づかれずに食べてもらえるようにだ」
「そう問われるかと思いまして、すでにいくつか考えております」
これを捨てずにキープしてたのもサラさんだっけ?
なら当然、次の一手を考えていてもおかしくない。
何だ、普段の行動がアレだけど、サラさんも意外と優秀……。
「では、これは持っていっても構いませんか? 私は……のお部屋で続きをしたいと思いますので」
「ああ。明日はよろしく頼む」
「お任せください」
そのままサラさんは出ていった。
父さんの用事は終わったらしい。ボクも出ていこうと思ったけど、最後に一つ気になった。
「てっきり戻ろうとするのを、止められると思ったけど」
「お前たちが選んだ道なら止めないさ。それに、既に目的は果たした」
「目的?」
「……最後に、パパって呼んでくれないか?」
「うん、嫌」
勢いよく扉を閉め、その日はすぐに寝た。
……屋敷の中で、腕を左右に振りながら走るボクの姿が目撃されていたと、後日噂で聞くことになったけど。
待ちに待ったこの日。
ガイアルは満月の前日と言っていたけど、このタイミングはボクたちが入れ替わるなら圏内だ。
早起きさせられたボクは、サラさんやフローラさんを含めたメイド四人に囲まれ、無駄に豪華なドレスを着せられた。
「あの、動きにくいんだけど……」
「お飾りの人形に徹するのでしょう? それくらいでちょうどいいですよ」
「せめて、もうちょっと派手じゃないやつで」
「お嬢様の趣味に、そんなドレスはありませんわ」
別にドレスじゃなくても良い、という主張も虚しく、妥協案として一番落ち着きがある(と思われる)ドレスを選んだ。
そして化粧も派手すぎず、そして落ち着いた感じに整えてもらった。
「……ボクが言うのもなんだけど、随分と印象が変わるんだね」
「ええ。残念ながらお嬢様の趣味ではないですが」
「ボクはこっちのほうがいいや」
普段のキツメな印象ではなく、何となく柔らかい印象を受ける。
本当、あの性格さえなければモテそうなのにもったいないな。
「ハーちゃん……やっぱり鏡の自分に」
「ハヤト様も、すっかり女の子ですね」
「っっ! ほ、ほら! もういかないと! サラさんもアレ、忘れないでもって言ってね!」
まだニヤニヤしている二人に発破をかけ、ごまかすように準備を急かす。
いつもより時間がかかったのは事実だ。
姉さんと会って話す時間も欲しいので、そろそろ出発しないと。
「忘れ物はないでしょうか?」
「うん。けど、この服装やっぱり……」
「時間も押しています。このまま行きましょう」
「えぇ……仕方ないか」
そうして、途中でイブさんとも合流してガイアルの屋敷へと向かった。
……女子寮から興味津々な子たちの視線が気になったけど、お呼ばれしていない彼女たちは連れて行くことが出来ない。
次の質問攻めが怖いけど、その時は姉さんに丸投げしよっと。
そういや、彼女は呼ばれているのかな?
気になったけど、それも行けばわかることだと思い、いつしかそのことも忘れていった。




