「フフ。これも貴方を本気にさせるためよ?」
放課後、ボクはイブさんも引き連れてクロイスの家へと向かう。
本人の許可は取っていないけど、後から言えばいいよね。
「……で、どうして私まで連れてこられたのかしら?」
「ちょっと聞きたいことがあったからね」
「それは教室で話づらいことなの?」
「……うん」
しばし無言のまま、ボクらは歩みを進める。
そのまま歩いていたけど、もうすぐクロイスの家に到着するというところで、イブさんは痺れを切らしたようだ。
「で、何なのよ。もうすぐ二人きりじゃなくなるけどいいの?」
「……そうだね。単刀直入に聞くけど、イブさんは勝敗を知っているの?」
彼女は答えない。
答えないけど、代わりに歩みを止めた。
自然と、ボクも歩くのを止め向かい合う構図になる。
「……それを聞いてどうするのかしら?」
「どうもしないよ。ただ、気になっただけ」
彼女はしばし驚いていたようだけど、やがて大きくため息をつくと再び歩き始めた。
そうして、まだ止まっているボクを追い抜く。
「二人が戦った結果は知っているわ。でも、別の未来の話よ」
「どういうこと?」
「ここでは、もしかしたら……が、起こるかもね」
彼女は振り向いてウインクを投げてきたけど、ボクにはその行為が……勝敗のどちらを意味しているかの判断ができなかった。
クロイスはまだ帰宅していないけど、ボクらはローレンスさんが出迎えてくれた。
かい摘んで事情を話すと、どうやらローレンスさんも協力してくれるみたいでよかったよかった。
「ねえ」
「何かな?」
「どうしてクロイス様と一緒に頼まなかったのよ」
彼女からするともっともな疑問だろう。
てっきりそれも未来で視ていたと思ったけど。
「ま、クロイスが来たらわかるよ。さて、ボクも準備しなくちゃ」
「準備って、何するのよ?」
「生憎ですが、この家には男性用の道具しかなく……配慮が足りなく、申し訳ございません」
「えぇ!」
考えてみたら当然だった。
ボクはいつものノリで、クロイスと打ち合うつもりだったけど……軽い胸当てすら男性用しかないみたいだ。
いや、無理をしたら着用はできる。
出来るけど、一部がものすごく窮屈だし、無理やり締め付けられて動けるかと言われると、体力のない姉さんの体では自信がない。
そもそも女性用自体が珍しいし、当然かもしれないけど……。
「わかった。じゃあ防具ナシでいいや」
「なりません。もし怪我でもさせてしまったら、お家の問題どころか、貴方様の立場も危うくなるのではないでしょうか」
「う……そうだけど」
姉さんのことだ。これ以上はやめよう。
「代わりに、私に任せてください。それとも、私では不足ですかな?」
「いえいえ! ローレンスさんになら安心して任せられますよ!」
「それはなによりです」
「もしかして貴方、そこまで考えて……」
隣でイブさんが恐ろしいものを見たような目をしている。
でもごめん。半分は忘れていただけなんだ。
そしてタイミングよく、話題の人物がおかえりのようだ。
「今帰ったぞ。これから夜は一時間ほど外に出るが、遠くへは行かないから気にしないでくれ、くれぐれも覗くんじゃ…………おい。どうしてお前たちが家にいるんだ?」
「それは勿論、作戦会議のためだよ。誰かさんが勝手にボクを景品にしてくれたからね」
その事情もローレンスさんには話してある。
あまりにも酷いということで、手は抜かないと約束もしてもらったから大丈夫だ。
「もしかしてハヤト。俺のために二人で特訓を」
「そうだよ。短いけど、これから死ぬ気で頑張ってね」
「ああ。お互い頑張ろうな。今日からよろしく頼む」
そうして手を差し出される。
しかし、それを受け取る相手はボクではない。
「よろしくお願いしますぞ、殿下。今回ばかりは私もビシバシと指導いたしますので付いてきてくだされ」
「ん? どうしてローレンスが手を握るんだ?」
不思議そうにこちらを見てくるから、代わりに手を振ってあげる。
「頑張ってね。ボクらはたまに応援してあげる」
「大方、ハヤト様のアレを見ながらイチャイチャするつもりだったのでしょうけど、残念だったわね」
「え、何か言った?」
「いえ。殿下はお爺さんの胸筋でも見ながら、せいぜい汗をお流しください。タオルくらいは渡して上げますよ?」
「お、お前……んんっ、イブ嬢! 何を言うのだ」
クロイスはこちらに詰め寄ろうとするも、ローレンスさんにガッチリと手を握られているようで動けないようだ。
そしてイブさんがボクに手を絡めてくる。
まるでクロイスに見せつけるように……けど、この行動にどんな意味があるのだろう?
「そういえば、クロイス様は勝利を捧げてくださらないの? ここにいるハヤト様は、私に勝利を捧げてくれたのに」
気のせいかも知れないけど、握っている手がギュッとされた。
イブさんの手、あったかいなぁ。
「ぐっ、やはりお前。さっきから俺を煽って……どういうつもりだ」
「フフ。これも貴方を本気にさせるためよ?」
まだローレンスさんから逃げようとしていたクロイスだったけど、そこまでイブさんに言われると力が抜けたように抵抗しなくなった。
ここぞというばかりに、ローレンスさんが担いで別室へと連行しようとしている。
「……誓おう。次の勝負、この俺が勝利をハヤトに捧げようではないか」
「クロイス……ありが」
「あら? 私にはないのかしら?」
あれ、イブさんは景品も何も関係なかったはずだけど、いきなりどうしたのだろう。
もしかして、一人だけ蚊帳の外で寂しくなったのかな?
「イブ嬢には、勝利ではなく別のものだな」
「それは結構。楽しみにしておりますね?」
「……ああ」
そこまで言って、クロイスとローレンスさんは何処かへと消えた。
ボクらの用事も終わったので、あとは彼の努力次第だ。
イブさんを送っている帰り道、ふと思い出したように言われた。
「そういえば、どちらが勝つかだったわね」
「え、教えてくれるの?」
「ええ。どうせ、もうありえない未来の話だわ」
彼女によると、そもそもボクが姉さんと入れ替わること自体がありえない展開だ。
もしボクがボクのまま……イブさんと惹かれ合ったら。
クロイスと戦うのはボクで、景品となるのはイブさんだっただろう。
「クロイス様のルートでは、彼が勝つわ。そしてそのまま、私の唇は奪われて終わりだったはずよ」
「え、ということは……その役目、ボクが?」
さすがにクロイスも、ボクにキスしようとはしないはずだけど……前科はある。
さらに、今日の朝ちょっと危なかったから、まさか本当に?
「誰が彼のルートだと言ったかしら? ガイアルのルートでは彼は負けるわ。それも、どうしようもないくらいにね」
「んん? 結局どっちなの?」
さっきから専門用語ばかりだけど、つまりどちらもありえる未来ってことなのかな?
「ただ一つ。私が言えるのは……ハヤト。いえ、あえてセシリアと呼ぶわ。彼女は、この二つの結末のどちらでも姿を消すのよ。この場合、消されるといったほうが正しいのかしら」
「つまり?」
「最悪、どちらが勝っても貴方は消えるわ。その可能性も……いえ。考えすぎね。忘れて頂戴」
……最初に聞いたのはボクだったけど、そんな事実聞きたくなかったよ。




