「次の満月が楽しみね?」
反省文を書いている間に、最初の授業は終わってしまったらしい。
「……やっと、やっと解放されたぁ」
「お疲れ様。先生にバラすわけにはいかないから苦労するな」
「本当そうだよ。絶対に勝ってよ? もうこんな思いは嫌ぁ……」
「あ、ああ。任せろ」
そんなことを話しながら教室へ入ると、やっぱりというか、クラスにいた皆に注目された。
まあ、学園前であんな騒ぎをしていたら目撃されているよね。
すぐに男友達に囲まれるクロイスとは対象的に、ボクの周りには誰も寄ってこない。
たまにノートを見せてくれる女の子も、誰かの行動を気にしているようで近づいてはこない。
なので、自然とボクの行き先は一か所に絞られる。
「見捨てるなんて酷いですわ」
「ちゃんと援軍は出したわよ。随分と面白いことになっていたみたいね」
「ボ……私としては、全く面白くありません!」
注目が集まっている今、ボロを出すわけにはいかない。
だって隠しておかないと、いつ父さんが……そして父さんの後ろにある何かが敵にまわるかわからないし。
「それにしても凄かったわよ。私が貴方の状況を伝えた途端、彼が教室を飛び出していって……それほどまでに想ってくれるなんて素敵ね」
「どうして私なのでしょう? それは本来、イブさんの役割……」
「そ・れ・は! 私の役割のはず、ですのにねぇ?」
「え?」
突然の乱入者に、声の主を注目する。
見覚えのある女性だけど、誰だっけ?
「もしかして、ノートを貸してくださるのかしら?」
「ノート? 何を言っているのかしら。セシリア様の頭は、随分とお花畑になられたようで」
「フフ、クロイス様にそんなセラピー効果があるなんて……それを独り占めするセシリア様は羨ましいですね?」
「貴方は黙っていなさい!!」
彼女はこちらが引くような剣幕で捲し立てるも、イブさんは面倒くさそうに受け流すだけだ。
そういえば前にもこんな感じで、誰かに絡まれたような。
「大体、貴方がグイグイ行かなくなった途端にクロイス様が振り向いて……誰ですか、押してダメなら引く方法が参考にならないといった方は!」
「うーん」
「いいのよ、言わせておきなさい」
イブさんがそういうなら、いいのかな?
彼女はこちらの反応も気にせず喚き立てているけど、ボクには言っていることがわからない。
「私だって、貴方と同じように攻めていたはずですのに。気づけばリリア様とも最近は仲がよろしいようで? どんな搦め手を使用したのかしらね?」
「そういや聞いてよ。さっき反省文を三枚も書かされてね」
「そう。それは大変だったわね」
「ま、彼女も身の程を弁えたのか、いい引き際ですわ。誰かさんも同じように引いてくださると嬉しいのですけど?」
「あの先生、よほど……私の姿に恨みがあったみたい」
「そうね。実は私も結構……いえ、何でもないわ」
「ちょ、気になるから言ってよ!」
「ま、そのうち貴方で解消するから安心して」
「全然安心できないよ、それ……」
「ちょっとあなた達、聞いていますの!!」
乱暴に机を叩かれる、ということはなかったけど、代わりに唾が飛んできた。
うへぇ……。
「何処の誰かは存じませんが、淑女たるもの、口元を押さえるべきではなくて? はしたないですわよ」
「ちょ、ハヤ……貴方。誰か覚えていないの?」
イブさんの指摘に、女性の顔をマジマジと観察してみる。
顔は見開いたまま動きそうもないけど、体をフルフルとさせて今にも爆発しそうだ。
視界に入れないようにしていたことは確かだけど、ボクに絡んでくる面倒な女性……あ!
「オリーブさ」
「私なんて! 覚える価値もないと言いたいのかしら!!」
男性同士なら取っ組み合いになっていただろう。
でも、彼女はそうしない。
代わりに至近距離、下手するとクロイスよりもさらに近い距離で問い詰められる。
「前々から気に食わなかったけど、最近はとくにその脳天気な態度が気に入らないわ! いかにも幸せですぅーて、アピールしているみたいで」
「そんなつもりじゃ」
「……でもまあいいわ。これでようやく、私の位置になりますもの。うふ、ウフフフフ……」
さっきまでの剣幕はなんだったのか。
一人で何かに納得し、怪しく笑う女性オリーブ。
……ボクだけじゃなく、イブさんや周囲の女性も引いているから、一般的な感覚だよね?
そしてクロイス。何故こちらを見ようともしないんだろ。
「次の満月が楽しみね?」
「え、そうですわね?」
「ごきげんよう」
オリーブさんはそれを伝えると席に戻ったけど、皆が通り道を開けるように避けていたのが印象的だった。
……あれって、恐れられているわけじゃなくて皆ドン引きしているだけだよね? ボクも当事者じゃなかったらそうする。
「貴方、彼女のこと忘れていたの?」
「うん。そういやイブさんとボクが話している時、よく側に寄ってきていたね。てっきり話に入りたいのかと思っていたけど」
「でも貴方、ガン無視だったじゃないの」
「だって話しかけられなかったし」
親しくもないのに、近くにいるだけで話は振らないよ?
イブさんも「まあ、そうね」と納得して、そこでボクも席に戻る。
どうやらクロイスの決闘のことも知られているらしいけど、ガイアルの屋敷っていうのにオリーブさんも見学に来るのかな?
……ボクとの決闘も大々的にしたガイアルのことだ。
庭に舞台でもつくっていたらどうしよう?
ま、戦うのはボクじゃないから大丈夫、かな。




