「俺は今のお前が好きなんだ。セシリアではない、今のお前が」
ボクはその後ろにいる人物、ガイアルへと向かい合う。
「その話、本当?」
「嘘を言ってどうするんだ。セシリアとリリアなら、二人揃って俺の屋敷にいるぞ」
「だとしたら何で今まで……」
姉共々お世話になりすぎて、父さんの頭が上がらなくなりそうだ。
せっかく貸しが返せたといっていたのに、また貸しが出来ちゃったよ。
「ふむ。そうだな……取り戻したければ、俺と勝負しろ」
「何でそうなるのかな? 大体、姉さんの身体で勝てるわけが」
「勝っただろ」
そうだった。
けど、あれは先に気を失ったせいで負けたことになっている。
もう一回勝負がしたいとは言われていたけど……マジですか。
「そ、それは……勘弁していただきたいですわ」
「なら、引き合わせることは出来ないな」
「どうしてそうなるのです?」
ようやく姉さんの居場所がわかったのはいいけど、一筋縄では行かないらしい。でも、勝負するだけでいいなら、負けてもいいよね?
「まあいいや。じゃ、勝っても負けても文句言わないでね」
「ちなみに負けたら、お前は俺がもらう」
「それって」
「好きだ。俺と婚約してくれ」
――瞬間が停まった。
通学している生徒も足を止めていることから、ボクだけに起こった異常ではないだろう。
「え、何だって?」
「何度でも言う。俺とこんや」
「何かな?」
「好きだ」
「ごめん聞こえなかった」
「す」
「あーあー! 聞こえないですわ!」
大体、ボクは男だって知っているはずなのに、どうしてクロイスもガイアルもそういうことを言ってくるのだろう。
確かにさ、姉さんは黙っていれば魅力的だと思うよ?
でも生まれたときから側にいた身としては、あの性格はどうにもならない。
容姿に恵まれても中身は……とはあのことを言うのだろう。
アレさえなければ嫁の貰い手もありそうなものなのに。
「おい」
「きゃん! な、何かな……」
「こっちを見ろ」
「ひっ!」
クロイスと同様に肩を掴まれるも、その手付きは乱暴だ。
身長差があるせいで、威圧感が大きいのも原因だろう。
……ただの男友達みたいなガイアルだったのに、今のボクは一人の男性を前に怯えてしまっている。
それこそ、男性恐怖症だった時でも何ともなかった相手に。
「俺はお前を好いている。あの決闘の後からだ」
「あ、ありがとうございます?」
「だから、俺の元へ来てくれ。いや、来るんだ」
「けど、ボクは男だし……姉さんに言って?」
「俺は今のお前が好きなんだ。セシリアではない、今のお前が」
つまり、彼もクロイスと同じってこと?
いつの間にかボクの時間が動き出したように、周囲の生徒の時間も動き出したようだ。
でもあれ? 何か人数が増えていない?
「じゃあ……ボクが男に戻ったら無効だよね?」
「戻れると思うか?」
「え?」
「俺が何のために二人を匿い、情報を漏らさぬようしたと思っている?」
「まさか……」
姉さんを匿うということは、ボクの身体を人質に取っているということでもある。
つまり、彼を説得しない限り、姉さんは戻ってこない?
「で、でも。今月が無理でもまた次の機会に」
「ちなみにな。セシリアは納得済みだぞ」
「それって姉さんが?」
「ああ。俺の好きにしていいそうだ。弟のモノは私のモノとかも言っていたが、普段の関係が容易に想像できたぞ」
「姉さん……」
まさか人の身体まで所有物にされるとは。
どうしようとオロオロしていると、野次馬の中に見知った顔を見つけた。
向こうは「見つかった!」とでもいうように逃げようとしたけど、そうはボクが逃さない。
「イブさん助けて!」
「ちょ、離しなさい! 私まで注目されるじゃないの!」
もう彼女が来る時間まで過ぎていたようだ。
ここにきてようやく、集まっていた人々も少しずつだけど減っていく。
……みんな遅刻してもいいのかな?
「だって、ガイアルまでボクのこと好きだって」
「モテモテでよかったじゃないの。じゃ」
「待って! イブさんはそれでもいいの?」
ボクの問いに彼女は考えたようだったけど、すぐに何か納得したようだ。
そう、納得してしまった。
「あら、別に問題ないじゃないの。これも使命よ」
「それってもしかして」
「うふふ。もうすぐ助けが来るわ。じゃ」
「あっ!」
こちらの隙きを見て、彼女はスルリと抜けるとそのまま早足で去っていった。
この時間の常連は遅刻になる瀬戸際もわきまえているらしい。
そして残されたボクに、近付く影が一つ。
「今度の答えはすぐに聞かせろ。」
「え、えっと……」
後ずさっていると、いつのまにか壁際に追いやられていた。
もう後ろに逃げ場は、ない。
そして横に逃げようとも、迫ってくるガイアルから目が離せない。
「俺と身体を賭けて勝負しろ。いいな?」
「それ、は……」
もうボクに残された選択肢もない。
気づけば、遅刻を恐れた生徒が次々に去っていき、残されたのはボクとガイアル。
そして目をキラキラさせている女子の集団のみだ。
だんだんと迫ってくるガイアルの手に、早く先生が助けてくれないかな……と思いつつも、ボクの返答は決まっていた。
「わかっ」
「おい、何をやっている?」
「……おや。どうしたんだ兄貴、学園のほうからなんて」
鐘が鳴った。
つまり、ここにいる人は全員遅刻になる。
無遅刻無欠席の優等生だったクロイスが、わざわざ学園から?
「どうしてクロイスが?」
「イブ嬢から聞いた。ガイアル、このハヤ……セシリア嬢に勝負を仕掛けるのはお門違いだと思わないか?」
「何が言いたい?」
「セシリア嬢を賭けて、俺と決闘しろ」
周囲の遅刻女子から、キャー!! という黄色い悲鳴がうるさいほど響き渡る。
……なんかボク、勝手に景品にされているんだけど!




