「下手したら、そのまま愛の逃避行かしら」
当初の予定では姉さんと共に馬車で送ってもらう予定だったため、帰りは徒歩だ。
勝手に決めたボクに、サラさんは文句も言わずに重い荷物を持ってついてきてくれる。
「ごめんね。荷物も全部持たせちゃって」
「いえ。これが私の役目ですから。何ならお嬢様もお運びしましょうか?」
「え? 頼める……いや、そこまではいいよ」
あの後、一晩は過ごしたけど姉さんと顔を合わせるのが気まずかった。
向こうも同じ気持ちだったのだろう。いつもなら二人とも朝は早いのに、今日は起きてこないと伯爵が不思議がっていたっけ。
馬車で送ってくれるという提案をやんわりと断り、顔を合わせないためにも手早く支度を整えて歩いているのが現状だ。
サラさんばかりに苦労をかけているのは申し訳ないけど。
「そういや、あの茶葉を回収してくれたのってサラさんだっけ?」
「絞りカスの生ゴミのことですか? そうですけど、あれを食そうとするとは正気の沙汰とは思えませんね」
「そこまで言わなくても。ボクにとっては重要だからね」
思えばサラさんがストックしてくれたおかげで、戻れる可能性はあるんだ。
もし処分されていたら……それこそ一生姉さんの身体で過ごすことになっていただろう。
「サラさんありがとう。随分と助けられたね」
「……お嬢様、いえハヤト様がデレた? これは早く屋敷に帰ってフローラに自慢しなければっ!」
「ちょ、待ってよ! 走らなくてもいいじゃない!」
姉さんと対立した後だと言うのに。
知ってか知らずか、サラさんの無駄に明るい性格のおかげでそこまで落ち込まなくてすんだ。
……やっぱり、彼女はボクにとって必要な人間だ。
クビになんてさせるもんか。
普段は苦労しそうな道のりも、手ぶらだったおかげでさほど疲れなくて帰宅できた。
二人分の荷物を持ったサラさんは……通常業務に戻るらしい。
ボクは長距離を歩いただけでヘトヘトだというのに、元気なことで。
「そうか。予想通りではあったが、セシリアの意思は固そうだな」
「一応確認するけど、霊草ってもうないんだよね?」
「ああ。冷凍保存してある使用済みだけだな」
昨日姉さんと話した内容は父さんに伝えた。
ちょうどフォーハウト家のほうからも連絡があったようで、姉さんはしばらく向こうへ滞在するらしい。
「もしかして液体で大量に抽出できるなら……」
「やめておけ。失敗したら元も子もないだろ。お前は未来の身体を賭けることになるが良いのか?」
「そうだよね。安牌でいこう」
やはりチャンスは一回きりだ。
下手すると入れ替え可能な期間は姉さんが逃亡する可能性もある。
あれ?
そういえばボクたちが元に戻った原因って、結局どこで出された紅茶だったのだろ。
事の顛末はクロイスやイブさんにも報告した。
「だからあの二人は今日休みなのか」
「下手したら、そのまま愛の逃避行かしら」
「……それは、困るなぁ」
居場所がわからなければ、元に戻る手段は使えない。
遠隔で食べさせるにはリリアさんを味方に引き込まないといけないけど、彼女も姉さんに惚れているからなー。
「もしそうなったらどうするの?」
「諦めるしか、ないんじゃないかな」
「その場合はハヤトの……セシリアの全力が発揮できるな」
今いる場所は教室のイブさんの机周辺だ。
ただでさえ注目を集めるクロイスがいるのに、ポロっとボクの名前を出さないでほしい。
「ま、あともう少しはこのままだし様子を見るよ」
「ええ。なら今のうちに、また私の部屋へ来ない? 女子寮だから、今しかチャンスはないわよ」
「そう言われると……悩むな」
「そうか。今しかチャンスが……」
「クロイス? 別にそっちが悩む心配はないんじゃない?」
女子寮にクロイスが入れるわけがないのに、何を悩むのだろう。
……いや、クロイスなら多分誰かしら入れてくれるだろうけど、その後のパニックが容易に想像できる。
「あ、ああ。何でもない。また何かあったら呼んでくれ。力になるぞ」
「ありがとね。頼りにしているよ」
「……ああ」
「全く、罪な女よね」
「女? クロイスもボクも、男だけど……イブさん何かやったの?」
「はぁ……」
最近はとくに、イブさんのため息が増えた。
何かボク、呆れられていない?
「もしかして愛想が尽きたとか、言う?」
「え、誰のよ? 言っておくけど、私のハヤトに対する想いはそう簡単に揺らぎはしないわ」
「えっと……正面から言われると照れるね、えへへ」
「はぁ……」
「え?」
結局その日はイブさんとの言い合いで終わり、お部屋訪問は後日へ持ち越しとなった。
次の日も姉さんとリリアさんは登校してこない。
そして、三日四日が過ぎ……次のタイミングまで後二週間もないというところで、その知らせは届いた。
「急に呼び出してすまないな。予想通りになったぞ」
「え、何がなの?」
「フォーハウト家から連絡があった。セシリアとリリアが行方不明だと。ははは、思い切ったことをするじゃないか」
まだ早いのに、もう?




