「ごめん。今からでも逃げ出せるよね?」
ボクたちが帰ろうとすると泊まっていくように誘われたけど、代表としてクロイスが辞退してくれた。
……まあ、確かに早く湯浴みをしたいところではあったけど。
「そんなこと言わずに。必要な物はこちらで用意しますので」
「それに伯爵にも借りを作るわけには」
「借りだなんてそんな! お姉様……いえ、皆様と過ごしたいだけですわ」
いつまでこの押し問答は続くのだろう?
早く帰りたいんだけどなー。
「……というわけだが、ハヤトはどうだ?」
「え? いいんじゃない?」
「ちょ、貴方はそれでいいの?」
「うん?」
イブさんが驚いた表情で見てくるけど、そんなに不思議かな?
つい適当に頷いてしまったけど、何の話だったんだろ。
「まあ、ハヤトが良いなら良いが……」
「え、ごめん聞いていなかったからもう一度お願い」
「ではお嬢様。こちらへ」
「う、うん? サラさんは何でボクの手を引いて馬車から降りるの?」
そしてボクとサラさんを、リリアさんと姉さんが迎える。
……姉さんはすっかりリリアさんの横が板についているようだ。
「ではな。また学園で」
「え! 置いて行かないでよ!」
「何よ。貴方が残るって言ったんじゃないの」
まだ困惑するボクを見かねたようにサラさんが教えてくれた。
あの時リリアさんは、姉さんが残るのでお姉様とサラさんだけでも、と懇願したらしい。
対するクロイスは本人さえ良ければという話だったけど、ちょうどボクが話を聞いていなかったタイミングでもある。
「ごめん。やっぱナシで! ボクも乗せていって!」
「……もう聞こえていないですよ。やっぱり聞いていませんでしたか」
ボクの叫びは馬車を走らせた音にかき消され届かなかった。
……最後にイブさんがふてくされていたように見えたのは何だったのだろう。
トン、と肩に手を置かれる。
「今夜は楽しもうね、姉さん」
「っ! …………ガクガク」
「うふふ、お姉様とお泊り! サイズは彼に教えていただいた通りに揃えてあるので、着せ替え……うふふふふ」
「ごめん。今からでも逃げ出せるよね?」
「諦めてくださいお嬢様。ところで、そのお着替えには私も参加してよろしいのですよね?」
「もちろん。一緒にハヤト……じゃなかった。姉さんを着飾ってみようね」
「はいっ!」
こんなときだけ結託しなくても良いのに……。
話を聞いていなかった自分が悪いけど、まだメイドさんたちに弄られる生活のほうが落ち着く。
だってリリアさんが相手だとドキドキして、まともに顔も見れないもん。
あれ?
もしかして元の身体に戻ったら、姉さんの代わりにリリアさんと男女の関係でお付き合いできるのでは?
「アンタが何考えているかわかるけど、リリアは渡さないよ?」
「きゃっ、こんなところで……お姉様が見てますわよ」
「見せつけているんだよ。僕とリリアを、ね」
……やっぱり無理だ。
元に戻るのを第一にして、余計なことを考えるのはよそう。
リリアさんの親でもあるフォーハウト伯爵はボクを歓迎してくれた。
といっても、姉さんが既に挨拶を終えていたので、双子の姉だと説明したくらいだ。
「そうか、君があの。二人も三人も変わらん。ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
貴族としての挨拶も終え、やっと一息つける。
まだベタベタする身体のままで挨拶というのも気が引けたけど、ガイアル家の一件があるから油断はできなかった。
彼女たち誰かの乱入があるかと思われた湯浴みも終え、大人しく控えていたサラさんに普通の着替えを受け取る。
「? 何か」
「いや、珍しいなって思って」
さすがのサラさんも人様の家では自重するらしい。
もっとも、不祥事でも起こせばすぐにクビだけど。
おかしいな、あの二人が何も関わってこない……だと。
これならもしかして。
「あとは静かに過ごせる……わけ、ないか」
「よく分かっておいでで。そういえば、お嬢様も実に優雅な仕草が身についてきましたね。これなら何処へ出しても恥ずかしくありません」
「冗談でもやめて」
次のチャンスを逃すとそうなりそうで怖い。
ただでさえ複数人にバレたということを父さんには隠しているんだ。
もし入れ替わりのことが広まったと父さんに知られたら、どんな反応をするんだろう。
「確かボクにあてがわれた部屋は、この突き当りだからここかな?」
「当然私も同室ですね」
「ちょっと何言っているかわからないや」
最近のサラさん、アグレッシブすぎない?
リリアさんにはボクの隣にサラさんの部屋を用意してくれるように頼んだけど、この部屋の隣に部屋なんて……。
そう疑問に思いながら扉を開けると、そこには見知った二人と四人のメイドさんが待ち構えていた。
「お待ちしており――」
バタン。
何だろう、見ちゃいけないものが見えた気がする。
具体的には、メイド服を着たボクの身体とリリアさんが。
本職のメイドさんは、何故か際どいドレスと純白のドレスを手にしていたけど、多分というか絶対見間違いだよね。
「どうなさいましたか?」
「いや、部屋を間違えたみたいで」
「そうですか」
「え? どうして腕を掴むのかな? ちょ、その扉はっ!」
抵抗も虚しく、サラさんによってその扉は開け放たれる。
そこに広がる光景は……ボクの見間違いであってほしかった。
「遅かったね。ようやく僕たちが……ご奉仕できるよ」
「お姉様はこちらへどうぞ! きっとお気になることでしょう!」
「あのー、姉さんは何で女装を?」
「この身体にピッタリな服があったからね」
「説明に……ッ! なってない!」
ボクを除いた五人のメイド(うち一人は男)に囲まれ、近づいてくる服から避けていくうちに中心へと誘導される。
気づいた時には既に遅し。
そっと椅子に座らされ、目の前で悪魔の会議が始まった。
……そう。ボクが最初に何を着るか、を。
「やはり純白のドレスでしょ。これで婚期を遅らせてやりましょう」
「姉さんの身体に返ってくるけどいいんだよね?」
「え? ……ああ、そうだね。いいんじゃない?」
投げやりな返答からすると、まだ元に戻る気はないらしい。
……ちょっと姉さんの本心も確かめたほうが良さそうかな。




