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「私を売るなんて、貴方も自分の身が一番可愛いのね」

 

 砂まみれになった身体は、海に入っても綺麗にならなかった。


「うぅ……砂がベトベトして気持ち悪い」

「そんなに強く擦ったら肌を傷つけるわよ?」

「イブさんも共犯者だけど、分かっているのかな?」




 姿をくらましたサラさんは後でお仕置きするとして、クロイスに救出された後は無言でイブさんの側に立った。

 ローレンスさんとガイアルも絶句する中、イブさんだけは平然と「早かったわね」と感想を述べた。

 彼女は大物に違いない。


 髪は埋まっていないけど、付着した細かい粒子はやはり気になる。

 泥のように纏わりつくし、何より。


「上、脱いで良いかな?」

「ここではやめなさい。せめて海へ行くわよ」


 軽く揺らして落とそうとするも、胸の谷間に挟まった不快感は取れそうにもない。

 何度かそうやっているとイブさんに止められた。


「え、向こう?」


 指さされた先を見ると、バッと顔をそらした男性が二人。

 何だったんだろう。


「ほほ、若いですな」

「ローレンスさん、何のこと?」

「いえいえ、イブ様。頼みましたよ」

「ええ。引っ張っていくわ」

「え? ええっ!」


 そんなこんなで連行されたわけだけど、やはり取れそうにもない。


「ここって、水浴び場あったかな?」

「近くに井戸があったはずよ。だからこそこの場所が人気なのだけど」

「海水で洗ってもヌメヌメするだけだし、そっちに行こ?」

「……そうね。井戸では多分、いえ。そのほうが面白いわ」


 そうと決まれば、イブさんはボクを案内するように先導する。

 慌てて追いかけるも、海水の中だからか思うように動けない。


「ま、待って……キャッ」

「ふわっ、とっとと。大丈夫?」

「う、うん……ありがとう」


 足を取られて倒れるも、その先にいたイブさんが支えてくれた。

 思わず抱きつく形になっちゃったけど、よく支えてくれたものだ。


「にしても、可愛い悲鳴ね」

「よよよ、余計なお世話だよ!」

「ぷくーってしちゃって、ハヤト様の姿でも差分であったのかしら?」

「もうっ! 早く行こうよ」

「うふふ。そんなに急ぐとまた転びますよー?」


 わけのわからないことを言い出すイブさんは置いて、さっさと海水から脱出する。しかし、数歩進んだところで立ち止まった。


「あれ、どうしました?」

「……どっちに行けばいいの?」

「あらあら。あんなに自信満々に歩いて、場所がわからないと?」

「……くっ」

「ま、知っていましたけど。あちらですよー」


 実に良い笑顔である。

 彼女も最近、遠慮がなくなってきたよね?

 直接的ではないけど、サラさんとイブさんを足して姉さん一人分くらいの嫌がらせをしてくる。

 ……ま、その本人は随分とまるくなったようではあるけど。




 そして案内された場所には先客がいた。


「どうして姉さんたちもここに?」

「決まっているじゃないか。僕たちも身体を洗いに来たんだよ」

「お、お姉さま……そのお姿は」


 いくら海水で洗ったと言っても、ごわごわする髪や細かな砂までは隠しきれない。大方浜辺で転んだとも思われているのだろう。


「ちょ、ちょっとね」

「……あんた、そんなに身体を乱暴に扱うってことは、わかっているんでしょうね?」

「サラさんとイブさんに埋められました! ボクは不可抗力だよ!」


 これを理由に戻らないとか言われたら、ボクの苦労が文字通り水の泡だ。

 喧嘩になりそうで黙っていたけど、身体を人質に取られているんだ。

 ここは四の五の言っている場合ではない。


「私を売るなんて、貴方も自分の身が一番可愛いのね」

「そりゃあそうだよ。今は姉さんの身体だし」

「あら、それは自慢かしら? よかったわねセリシア様。この中では貴方が一番可愛いそうよ」

「フフ、気に入ってくれたようで何よりだよ」

「え? そ、そういう意味じゃないからね!」


 喧嘩になると思っていたら二人で仲良く弄ってきた。

 何だろう、この気持ち。


「わ、私もお姉様が一番美しいと思います!」

「ごめん。今のリリアさんはフォローにもなってないよ」


 何より、この中で一番の美人に言われても嬉しくない。

 比べると……って、ボクが姉さんの身体で比べること自体がおかしいのだけど。


 着替えた時のように三人で水を掛け合っている間、姉さんは一人何処かへ行ってしまった。

 女性同士なら肌を見られても良いかと思ったけど、どうやらリリアさん的にはノーだったらしい。


「……まだ、早いですわ」

「でもボクには見せてくれるよね?」

「お姉様はお姉様ですから」

「そうね。貴方はそのままでいいと思うわ」

「そのままって、そのままの性格って意味だよね? 身体じゃないよね?」


 返答はなかった。




 既にお開きモードだったボクらは、クロイスたちの元へ戻ると身体を拭いて着替え始める。

 それを見て男性陣も着替え始めるようだったけど、ガイアルだけは水着姿でローレンスさんと取っ組み合っていた。


「何やっているの、アレ」

「さあ? アレは放っておきましょ、すべり台行きね」


 ま、まあローレンスさんなら手加減も心がけているようだし大丈夫かな?


「んっ、んんーっ! ちょっと届かないかな」

「お手伝いします」

「ひゃっ! サ、サラさん? ……さっきはよくも!」

「あっ、お姉さま! そんなに暴れないでくださいっ!」


 また際どい着替えを提示するサラさんを、半裸で追いかけるボク。

 わたわたとするリリアさんや完全無視を決め込んでいるイブさんなど、更衣室の中は混沌じみていた。


 けど、こうやって騒げるのも姉さんの身体だから。

 そう思って寂しく感じるくらいには……ボクも随分とこの生活に染まってしまっていた。

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