「いいよ、妻にでもなんでもなってあげる」
あの後は家族会議が開かれさそうになったけど、父さんの外出予定があった事と、内容が内容だったので延期になった。
というのも。
「何? じゃあソイツをダシにして第三王子の興味を惹かせろ。ハヤトはやり手だなーハッハッハ」
と言われ、話にならなかったからだ。
それを聞いた姉さんは拳を握り込んでいたけど、ボクのことはスルーしてそのまま部屋に戻った。
ボクも痛みが我慢できなくなってきたから、その日も早く寝た。
休み中は痛みに我慢したら良い。
しかし、それは悪夢の始まりだった。
姉さんに助けを求めても無視されるし、姉さんがこの日のために用意していた道具類も、昨日とは違って提供してくれない。
仕方なくメイドさん達に助けを求め、身体を温めたり果物を食べるようにすすめられた。
この休みは読みかけだった本を読破したり、外でお庭の世話をする予定だったのに、まさか寝たきりになるなんて。
退屈だった休みも終わり、ボクの体調も完全に良くなった。
姉さんは軽い方だといっていたので、治りも早かったのかな?
「おはようハヤ……姉さん。もう治った?」
「ええ。この二日間、ボクを無視してくれてありがとうね」
いつも姉さんがボクに言うような嫌味を返す。
もちろん、冷たい視線のオマケ付きだ。
しかし姉さんは気にした風もなく、さっさと登校する準備をしてしまった。
「じゃあ早く行くよ」
「え、ちょっと待ってよ!」
女性の準備には時間がかかる。姉さんはわかっているはずなんだけど。
もたもたするボクにはメイドさんが何人か付き添ってくれているけど、それでも数分の時間を要した。
これを一人で出来るようになるには、あとどれだけかかるのかな?
いや、慣れる前に元に戻らないと!
そのためにはクロイスを……はぁ。
「ほら、行くよ」
「うん。姉さ……ハヤト、手を繋いでくれる?」
「え?」
ボクのお願いにキョトンとしていた姉さんだけど、何も言わずに手を握り返してくれた。
そのまま手を繋いで、二人で登校する。
手を繋いだままのせいか、いつもより登校が遅くなってしまった。
ボクに歩くペースを合わせてくれた姉さんには悪いことをしたかな?
そんなことを思っていると、イブさんが見覚えのある男子に絡まれているのが見えた。
あのままだと遅刻するのではないだろうか?
「姉……ハヤト。ボクにプロポーズしたのはアイツだよ」
「じゃあ、あの方がガイアル? 美形じゃないの」
「あの、ボクの姿で男を見定めるのはちょっと……」
ボクからみても、ハヤトが男性を狙っているようにしか見えない。
なら、他の人から見てもそう見えるよね?
そんなことを思っていると、ガイアルがこちらに気づいたらしい。
「おや、お嬢さんは医務室の……」
「御機嫌よう。貴方はまた、違う女性に迫っていたのですか?」
姉さんからの情報を元に、カマをかけてみる。
「ああ。この女は、俺様が第二夫人にしてやるといったのに靡かないのだ」
「第、二……?」
あれ、ボクは第三夫人って言われたよね?
ということは、ボクよりも上ってこと?
「何度も言いますが、私は……第一」
「なら女。決闘をしろ。俺に負けたら第二夫人になれ」
その言葉に、遠巻きに様子を見ていた人々もざわつく。
本来女性は、決闘をするものではない。
例外として何人かは騎士を目指す人もいる。しかし、イブさんはただの庶民だ。
剣の心得なんてないことだろう。
「勝負が怖いのか? ま、女ごときに俺様が負けるわけがないしな。俺の不戦勝ということで許してやろう」
「……わかりました。ただし条件が――」
「待った」
いても立ってもいられなくて、二人に割り込む。
イブさんを軽視する発言もそうだけど、もしここでイブさんが認めてしまったらどうなる?
それじゃイブさんとクロイスが結ばれないじゃないか!
こんな奴のせいで親友とイブさんを悲しませるわけにはいかないんだ。
「お嬢さん、口は出さないでもらいたい。これは俺という男の勝負でもあるんだ」
「その勝負、ボクが受けるよ」
「え?」
「え?」
「……はい?」
その言葉に、ガイアルと姉さん、イブさんまでもが不思議そうにする。
「ならお嬢さん。俺様が勝ったら貴方には第三夫人になってもらう」
「いいよ、妻にでもなんでもなってあげる」
「え、ハヤ……姉さん? なんて?」
「あ、あの……セシリア様。聞き間違いでしょうか?」
みんな聞こえなかったのかな?
なら、もう一回言ってあげよう。
「決闘だ。ボクが彼女に……イブさんに勝利を捧げましょう!」
「ちょ、それ! 弟さんのっ」
何故かイブさんが慌てていたけど、それ以上に周りの歓声がすごかった。
こうして、ボクとガイアルの決闘が決まった。