「あの、今は女の子ってこと忘れていませんか?」
休みの日、姉さんはボクの身体で朝から出かけていった。
……そういえば、姉さんたちは海岸デートに行くって聞いたっけ。
イブさんがこの日を指定したのって、偶然だよね?
ともかく、姉さんを追うようにボクも支度をし、意味深な表情をするフローラさんに見送られる。
同じタイミングで、水着。
これ、フローラさんにはどう見られているんだろう。
「あの、姉さんたちとは別件だからね」
「急にどうなさいました? セシリア様は何処に行くか、何もおっしゃていませんでしたが」
「なら、いいけど」
「あ、そうですわ。こちらをお願いします」
そう言って渡されたのは、手のひらに収まるくらいの小包だった。
不思議そうにフローラさんを見ると、キリッとした表情を返される。
これは……思い出した。メイドの先輩としての顔だ。
「本日セシリア様がお忘れになった荷物です。中身は確認せず、本人に会った時に渡してください」
「え? そもそも姉さんとは……」
「分かりましたか? きちんと渡すのですよ」
「えーと、はい」
やはりフローラさんは、ボクが姉さんを追いかけて遊びにいくと思っているらしい。
ま、まあ? 勘違いはボクの同行者が後で説明してくれるよね。
偶然で会うかもしれないから、受け取るだけ受け取っておこうっと。
そんな予想外のやり取りはあったけど、ある程度の余裕を持ってイブさんとの待ち合わせ場所に来た。
……直接訪問しても良かったのだけど「女性の支度を覗く気?」と言われたのでロビーでの待ち合わせだ。
「……遅いね」
「ハヤトさま……んん、お嬢様に喜んでもらおうと気合が入っているのですね。微笑ましいことですわ」
「というか、何で着いてきたの?」
「お嬢様のサポートをするのが私の仕事でありますが故」
横にはサラさんが同行している。
ここは人目もあるので、ボクのことはお嬢様呼びで通すみたいだ。
でもおかしいな、同行は昨日ちゃんと断ったはずなのに。
「じゃあ、フローラさんからの頼まれモノ、お願いしてもいいかな?」
「それは私ではなく、お嬢様へ任された仕事です。運搬はしますので、どうぞ直接お渡しになってくださいな」
「でもなー……何度も言うけど、今日は姉さんとは」
「待たせたわね」
いつまで続くかと思われた押し問答だったけど、待ち人が来たことによってボクとサラさんの注目は彼女に集まる。
ふと気づけば、ボクらには関係のないロビーにいた女性たちの視線も集めていた。
「じゃ、行きましょうか」
「山登りかな?」
「何言ってるのよ、海よ?」
そういうイブさんの格好は、海に行くにはあまりにも大荷物過ぎる。
ボクのイメージだと片手にバッグの、日傘を持ってというイメージだったのだけど……身体が隠れるほどの荷物なんて、必要なのだろうか。
「さすがの私も理解に苦しみますね」
「サラさんが!? 余計に考え直したほうがいいよ、その荷物。絶対にろくなことにならないって」
「……お嬢様の中の私が、どのようなイメージか少し掴めました」
その後必要だとゴネるイブさんを二人がかりで説得し、荷物は半分にすることはできたけど……それでも多い。
中身は教えてくれないし、本当に移動できるのかな?
「重そうだし、持とうか?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん……って重っ、何、これぇ!」
ふぬぬ、と持ち上げようとするも、イブさんが背負っていた荷物は少ししか持ち上がらない。
おかしいな、そこまで重そうにみえなかったのに。
「あー……ごめん。無理です」
「あっ、そうだったわね。私こそごめんなさい」
「?」
「あの、今は女の子ってこと忘れていませんか?」
まだよくわかっていなかったボクにサラさんが教えてくれた。
……そういや、いつもの感覚で持ち上げようとしたけど、姉さんの身体は非力だったっけ。
それこそ、力仕事はボクを呼びつけてアレコレ指図してきたくらい。
……やっぱり、元の身体に戻りたい。
「はぁ……そんな悲しそうな顔しないでよ」
「だって、余計に意識しちゃって」
「ま、お嬢様のそんなところが良いのですが」
そういいながら、ボクが持てなかった荷物をサラさんがヒョイと持ち上げた。
唖然とするボクらを置いて、スタスタと歩いていく。
「? どうなさいましたか」
「え、重くないの?」
「重いですが、これしきの荷物なんてことありませんよ」
「さすがメイドね。よく訓練されているわ」
どうやらサラさんはお目付け役ではなく、荷物持ちとしてついてきてくれたみたいだった。
なんだ、そんなことなら正直に言ってくれたら――。
「本来なら動けなくなったお嬢様をお持ち帰りする予定でしたが、仕方ありませんね」
サラさんは、やっぱりサラさんだった。




