「うん? あれぇ、メイドさんが見える」
その発言を信じられなかったのは、クロイスも同じだったみたいだ。
「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ?」
「どうも何も、言ったとおりよ。私達にとって元のハヤトに戻ってもらうの」
ボクは普段通りに戻っただけだけど、イブさん……彼女と関わるようになったのは姉さんの身体になってからだ。
でも、イブさんってボクに戻ってほしかったのでは?
「じょ、冗談……だよね? だってイブさんは、ボクに協力してくれて正規の手順を取り戻すんだって」
「……冗談よ。私がそんなこと望むわけないじゃない」
主語が抜けているのが怖いけど、どうやらイブさんなりのジョークだったみたい。
心臓に悪かったけど、クロイスも肩を降ろしてほっとしているようだ。
「でも、今日が終わればひとまず安心なのよね? フフ、せいぜいセシリア様の影に怯えなさい」
「……そっちの姉さんはどうだった?」
「どうって? 私達が話しかけなければ、いつも通りよ。貴方の親衛隊というグループとも距離を置いているわ」
「そういや、俺が話しかけてもそっけない態度だったな。中身がセシリア嬢なら飛びついてきてもおかしくなかったが」
どうやら姉さんのほうもバレないように上手くやっているらしい。
せめてこの二人には素を見せるかとも思っていたけど、いったい何を企んでいるのやら。
イブさんが用意してくれたお茶菓子も、さっきのことがあったからか霊草が混ぜられていないか疑ってしまう。
杞憂だったら良いけど、そうでなかったらまたひと月、だもんなー。
「……どうしたハヤト?」
「いや、今日は何も食べたくないんだよね」
「あら、私のことは信用してくれないのね?」
「さっき意味深なことを言うからだよ!」
元の身体発言がなければ、目の前のコレも疑いなく食べられたというのに。
ボクの困惑を察したのか、置いてあったものは隣りにいたクロイスが食べてくれた。
「あ、ありがとう」
「これくらい大丈夫だ。血が繋がっていないと効果はないんだろ? ま、もしものときが怖いけどな」
「二人とも、私が霊草を混ぜたという前提で話すのやめてくれない?」
「でもこれ、イブさんの手作りなんでしょ?」
「いえ、セシリア様だけど」
その言葉にクロイスは吹き出しそうになっていたけど、なんとか飲み込んだようだ。
だ、大丈夫だよね?
「おま! いつのまに関わりを持ったんだ!」
「いつの間にも何も、お昼前に少し呼ばれただけよ」
「あー……だから来るのが遅かったのね」
よかった警戒しておいて。
父さんの話とローレンスの話、信じるよ?
もしもクロイスが姉さんになった場合は、想像するのも不憫すぎる。
「何を話したか正直に言え」
「それは、ボクも気になるな。姉さんに何か言われたからおかしくなったんじゃない?」
「まるで私が異常かのような言い様ね」
「だって未来が視えるとか……ううん、何でもないよ」
すごい勢いで睨まれたので自重する。
そこを否定してしまうのはまずかったようだ。
「大したことは話してないわ。ただ『お茶請けにこれを是非』と渡されただけよ。別に挙動不審でもなかったし、やましいことはなさそうだったわ」
「かといってそのまま出すな。万が一があったらどうするつもりだったんだ」
「そのときは……てへ♪」
「君ボクの味方じゃなかったの?」
姉さんに洗脳でも受けたのかもしれない。
いや……前から彼女はこんな感じだっけ? 少なくとも、今日はイブさんにも警戒したほうがいいかも。
「安心しろ、俺は親友の味方だからな」
「クロイス……」
「……そんな熱のこもっった視線を向けないでくれ」
「ごちそうさま」
「ちょ! そんなんじゃないからね!」
頼りになるのはクロイスだけ、と思ったら腕に抱きついていた。
男同士で抱きつくなんて……しかもボクのほうから。
すぐに離れたけど、姉さんの身体のクセが抜けない以上、二人に冷やかされても仕方ないかな。
それ以降、イブさんの動作にも警戒していたけど、妙な行動をする気配はなかった。
満月の夜の最終日。
父さんは今日までに結論を出せと言っていたっけ?
結局あれ以降は姉さんもイブさんも関わってこなかったけど、このまま一日が終わるのだろうか?
クロイスの家に着いてほっと一息つくも、朝から何も食べなかったせいでお腹がグゥゥと鳴ってしまう。
「俺の家でも安心できないか?」
「あっ、いやこれは」
「まあ今日は我慢しろ。明日の朝はたくさん用意させるからな」
「うん……ありがとう」
空腹で寝れないかもしれないけど、それも今日一日の我慢だ。
今日何度目になるかの空腹を飲み物で誤魔化し、これまた何度目かのトイレへと向かう。
戻ってきたボクを見て、クロイスは何か聞きたそうにしていた。
「何かあった?」
「いや、聞くべきかどうか悩んでいるのだが」
「ボクとクロイスの仲だよ。言って?」
「……ああ。男に戻ってからやけにトイレへと向かうが、アレはそういう意味か?」
「あれって何かな」
「その……懐かしくて、みたいな」
だんだんと口すぼみになっていく言葉に、何が言いたいのか察する。
そういや、違和感は最初だけだったかな。
「最初はあったよ。思わず座って、何かあることに驚いたけど。でも、これが普通だったんだからすぐに思い出したよ」
「そうか。てっきり向こうに慣れてしまって、座ったままじゃないと出来ないとか言い出すのではと心配したが」
「え、何でわかるの?」
「……え?」
まさか見られていたわけじゃ……と一瞬だけ思ったけど、どうやら適当に言っただけみたい。
それをボクの反応で確信した……つまり、墓穴を掘ってしまったらしい。
「じゃ、じゃあそういうことだから! ボクはもう寝るね!」
「おい、ちょっと待て」
「お水ごちそうさま! おやすみ!」
机に置いてあった紅茶を一気に飲み干し、クロイスから逃げるように部屋へと引きこもる。
お風呂にも入っていないけど、さすがに照明が消えている部屋には誰も呼びに来なかった。
そうして眠れないと思っていた夜を一睡できたのだけど……目が覚めたボクを待っていたのは、知っているけど知らない天井だった。
「……ううん」
「おはようございます。起きてください」
「うん? あれぇ、メイドさんが見える」
彼女は何処かで見たことこのある……いや、どうしてこの場所に?
「どうなさいましたか? お嬢様」
「何で……何で姉さんに戻っているのっ!」
朝。
クロイスの家にいたはずのボクは、何故か姉さんの身体に戻っていた。
あんなに注意していたのに、どうして?




