それぞれの思惑 攻略者side
イブ視点。
最近、ハヤト様が可愛く思えてきた。
今だって目が合うとはにかんだ笑顔を向けてきたり、小さくガッツポーズをしていたり。
目で追っていると、日常の何気ない仕草の一つひとつがあざと過ぎるのではなくて?
彼はもう、女の子の身体に馴染んでしまったのかしら。
まるで小動物かのように駆け寄ってくる彼が、つい最近まで男性だったと誰が信じよう。
……胸部装甲をたゆんと揺らしながら近づいてくるのは、わざとかしら?
「イブさーん……」
「よしよし。今日もダメだったのね。ほら、クッキー食べる?」
「……食べる」
「……このまま飼えないかしら」
ついポロっと本音が出てしまったけど、彼はとくに気にしなかったらしい。
このままじゃダメなんだけど……この出来事を楽しんでいる私がいるのも認める。
だってこんな出来事、隠しルートにすらなかったもの。
そのときふと、リリアという娘の存在を思い出した。
「そういえばオリーブという人はいたけど、リリアって人は名前しか聞いたことがなかったわ。まさかあんな美人だとは予想外ね」
「え? リリアさんはいなかったの?」
「……少なくとも、私には関わりのない人物だったわ」
そう、主要人物にはいなかったはず。
ミドルプライスで、攻略対象は三人。
それにしては人間関係がややこしいって、ネット上の評判であった気がする。
まず、後輩であるガイアル。
彼は一部の層に人気だとかで、私の好みではない。
けど、性格はともかく、一番男らしい人物なのよね。
黙って俺についてこいと言いたげな背中は、彼を一人占めできたらどれだけ依存してくれる……いえ、頼りになるのか期待できたけど。
一々的はずれな選択肢を選ばないと彼に会えないのが厄介だった。
下手したら誰とも結ばれないバッドエンドじゃない? と思うような選択肢でガイアルに会えたりするのだ。
そんなの、好きでもない人物にセーブ&ロードの手間は面倒よ。
次に、第二王子でもあるクロイス殿下。
間違いなく人気投票一位の人物だけど、私は途中で進行を止めてしまった。
王子のルートに入ったら最初から別の選択肢をやり直す、といった具合に。
メインだから、と勝手にルートを誘導されるのも良い。
全てのルートに鬱陶しいくらいに関わってきて、事あるごとにアプローチしてくるのも許せた。
でも、他の人物に惹かれちゃったんだもの。
私とハヤトのルートを邪魔することだけは許せなかったわ。
最後に、本命であるハヤト。
彼はクロイス殿下の親友で、殿下に想いを寄せる双子の姉を持つ。
序盤で彼に救われた私は、一見すると女の子に見えそうな体格に秘められた強さへ惹かれた。
彼は頼りないけど、やる時はやる。そんな設定だったかしら。
最初は殿下の興味を惹く私が、ガイアルとの決闘をキッカケにだんだんと交流を深めていくのだけど……中盤でハヤトと二人きりになる機会があった。
結局それも、クロイス殿下のルートへ行くための布石なのだけど……その時、彼がふと見せた表情に惹かれたの。
その笑顔のために、語られなかった一年間を我慢できたくらいには。
所詮語られなかった過去なんて……と、思っていたけど、このヒロインの一年生はただの庶民には堪えただろう。
殿下の興味を引いているから。身分が周りよりも格段に下だから。
理由は様々でしょうけど、代わる代わるに心無い言葉を投げられる。
私の場合はむしろ「一回りも違う小娘が何言ってるんだか」や「所詮プログラムされた人間ね。現実はもっと……」と楽しむくらいの余裕があったけど。
何だかんだで、飛ばされるわけねと納得できるだけの内容だった。
だって、物言わぬ人形になるだけなんてつまらないもの。
そして、今の状況。
これがガイアルのルートなわけはないし、殿下のルートにしては出来事が少なすぎる。
お約束の釣りやお泊りは経験したけど、日程がズレ過ぎているし、何よりハヤトがいつも側にいるわ。
……まあ、身体はセシリアだけど。
なら、これは裏ルートしか考えられない。
というか、ハヤトが女性になりきっちゃって、どう進めたら良いのかしら?
その答えはすぐにわかった。
今日のハヤトは見るからにおかしい。
こちらには目もくれずに完全無視だし、かといってクロイスのほうをキラキラした目で見つめているようだ。
鳥肌が立ちそうな違和感に殿下へと話を聞くと、どうやら今朝はハヤトの身体のセシリアが教室を間違えたとか・
……え? それってお互いに隠す気あるのかしら?
私の疑問はクロイスも抱いていたみたい。
そして、彼女(?)はいつものように寄ってくるのではなく……無言で廊下をクイッとやった。
「あ”?」
「…………」
彼女は何も言わない。
それで確信したわ。こいつら、戻ってやがる。
その事実に気づいてからは私もガン無視だけど、放課後に殿下と彼女が目の前にやってきた。
「…………(クイッ)」
「っ!」
「イブ……も、ついてきてくれ」
殿下の手前、彼女と揉めることは教室の空気を悪くする。
そうなれば、私たち以外にもハヤトとセシリアが入れ替わっていると気づく人がでてきてもおかしくはないわ。
我慢……ここは我慢よ。
連れてこられた場所。
そこに遅れて来たのは、男性の身体の……正真正銘のハヤトだった。
「……私の場合は、むしろ喧嘩上等だったわね。無言で廊下をクイッてやられたときには、どうしてやろうかと」
「ねえ、さん?」
「この女に説明は不要ですわ。現に、連れてきただけでどういった状況か理解していますもの」
何よこの女!
私の行動まで織り込み済みだって? 自惚れんじゃないわよ。
しかし、ここで事を起こすわけにはいかない。
クロイスのルートでは彼女は人知れずに消えたけど、ハヤトのルートでの彼女は生きているのだ。
もっとも、お義父さんに頼み込んで家からは追放するのだけど。
この裏ルートらしきところでは、どこまで関わってくるのかしら?
というか、ハヤトが戻れたならあとは身体を死守するだけね。
そう思っていたのは、どうやら私だけじゃなかったみたい。
「そういうことなら、明日と明後日は俺の家に泊まっていくか? 今はハヤト自身だし問題ないだろ」
「それは……さっきも説明したけど、来月が今度は」
「先延ばし、それの何が悪いんだ? 今答えが出せないなら、もう少し伸びても問題ないだろう」
うんうん。そのとおりね。
そしてその頃には、私があの女をどうにかして……いえ、ちょっと待って。
「お、おう。それはつまり、責任を取れということか?」
「うん? バレたのはボクの行動のせいだし、責任を感じることはないよ」
「あっ、いや。そうだよな。だが、追い詰めてしまった俺にも責任があることは事実だ。もう少し考えさせてくれ」
もしかして殿下って……。
これは、面白いことになったんじゃない?
でもそうすると、私のハヤトが殿下に取られて……んん?
もしかしてイチャイチャするだけなら、この裏ルートって私が一人勝ちできるんじゃないかしら?
これは、ハヤトがどんな答えを出すかが楽しみね。




