「お、おう。それはつまり、責任を取れということか?」
それよりも重要なのは、どうして二人が?
ボクんが口に出すよりも早く疑問に答えたのはイブさんだった。
「今日は視線を送っても無視されるし、話しかけてこないからおかしいと思ったのよね。クロイス様の話をきいて確信したわ」
「教室を間違えたくせに、バレないとでも思ったのか?」
「それは……うん、迂闊だったね」
コレに関しては姉さんも気づいていなかったので、二人の責任でもある。
というか、論点はそこではない。
「じゃなくてさ! 何で姉さんが知っているのさ?」
「何でとは……もちろん、二人に聞いたからですわ」
バッ! と二人を見るも、先ほどと同様に顔を逸らされる。
そのまま無言で見つめていると、顔を合わせないままだけどポツポツと言葉が出てきた。
「その……な。可能性には気づいていたが、向こうから来てはどうしようもなかったんだ」
「……あー」
いつもなら逃げるクロイスも、中身がボクだった期間も長かったので油断していたのだろう。
いきなり「私は誰だと思います?」と聞かれ、さすがに誤魔化しきれるわけがないと思い白状したらしい。
「……私の場合は、むしろ喧嘩上等だったわね。無言で廊下をクイッてやられたときには、どうしてやろうかと」
「ねえ、さん?」
「この女に説明は不要ですわ。現に、連れてきただけでどういった状況か理解していますもの」
ボクにはわかる。イブさんの怒りのボルテージが上昇した。
しかし、姉さんはそれ以上関わる気もないようで、アワアワしているリリアさんのフォローへと入ったようだ。
「というわけなの。今まで私とハヤトはお互いに入れ替わっていたのよ。貴方達が慕うお姉さまは、私ではなく……ハヤトなの」
「え……ど、どういうことでしょうか?」
「つまり、婚約者候補なのは私で、今アレの中身は別物よ」
「アレ呼ばわりは酷いんじゃない?」
ボクらの言葉はまるで届いていないかのように、二人はそのままあれこれと話し合っているようだ。
そして立ち尽くす、ボクらと一人の部外者。
「あの時のお前は本気じゃなかったのだろう? 前の約束を覚えているか?」
「約束なんてしたっけ?」
「……次に決闘を申し込み、俺が勝ったら……お前を嫁にもらう」
「……は?」
「もう一度言う。お前を嫁にもらう」
クロイスとイブさんに聞き間違いじゃない? と視線を送るも、静かに首を振られるだけだ。
ということは、ボクに姉さんの身体へ戻れと?
「今すぐやらないか?」
「そんな決闘やるわけないよ」
「まあ、そうだな。久々の身体に腕慣らしも必要だろう。返答はまた後日聞かせてもらう」
それだけ言い、彼は去っていった。
姉さんは結局リリアさんと二人でどこか行ってしまったし、この三人で集まっても話すことは……話す、ことは。
「ごめん。こうなった経緯も説明するから、二人とも相談に乗ってくれるかな?」
「水臭いぞ。ただ、相談するまでもないだろう。これで万事解決じゃないのか?」
「そうよ。私としてはこれでようやく本編に……うぅ、長かったわ本当」
クロイスには肩を叩かれ、イブさんは演技だと思うけどよよよ、と泣き出した。
ここじゃ帰宅する生徒の注目を集めそう……というか、既に集めていた。
「と、とりあえずクロイスの家にお邪魔しても良いかな?」
「構わないが、彼女も連れて行くのか?」
「私はどちらでも構いません」
立ち直りが早かったところをみるに、彼女の泣きはやはり演技だったみたいだ。
クロイスが自分から女性を連れ込むのはまずいだろうけど、ボクとイブさんはこの前も泊まっているしいまさらだよね。
ボクがイブさんも来てほしいと何度か粘った結果、門限までには帰るようにと言うことで許可が出た。
さっすがクロイス、話がわかる男だ。
「つまり、ハヤトのお父様が独断で決行したわけか」
「そうなんだよ。元はと言えば父さんが勝手にやったことだけど、戻れたとはいえ問題が残っている時点では喜べないんだ」
あと二日、このまま何も口にせずにいても、あの姉さんがやることだ。
何かしらの方法をとって、無理やり霊草を食べさせにきそうだ。
かといって、このままクロイスの家にいて姉さんを避けても、満月の夜は来月にもある。
答えを出さないまま先延ばしにしても、これから毎月警戒する? ……姉さんがその間大人しくしているはずもない。
それに、父さんもメイドさんも、ボクが姉さんの身体になることを推奨していそうな気がするんだよね……。
きちんと筋を通して周りも納得させないと、家の中まで敵だらけになりそうな予感がする。
「そういうことなら、明日と明後日は俺の家に泊まっていくか? 今はハヤト自身だし問題ないだろ」
「それは……さっきも説明したけど、来月が今度は」
「先延ばし、それの何が悪いんだ? 今答えが出せないなら、もう少し伸びても問題ないだろう」
「それもそう、なのかな」
いまは姉さんを説得できるだけの材料がないし、ボクの自信も少ししかない。
もし姉さんが、ボクの正体がバレていたことを父さんにチクったとしたら無理やり入れ替えられて嫁にいかされそうだけど……。
「ごめん。もしそうなったら、クロイスが護ってくれるかな?」
「お、おう。それはつまり、責任を取れということか?」
「うん? バレたのはボクの行動のせいだし、責任を感じることはないよ」
「あっ、いや。そうだよな。だが、追い詰めてしまった俺にも責任があることは事実だ。もう少し考えさせてくれ」
「考える? そう、だね。ボクも父さんと姉さんを説得できる理由を考えるよ」
さっきからイブさんがニヤニヤと見てくるのが気になるけど、その視線はクロイスのほうを向いていた。
何も言ってこないけど、反応が可愛いとでも思っているのかな。
ジッと見つめていると、イブさんがこちらを向いた。
「初々しいわね」
「それって誰のこと?」
「うふふふふ」
怪しく笑うだけで、それ以上のことは教えてくれなかったけど。
その笑顔にあてられたのか、クロイスが顔を赤くして伏せたのが、やけに印象に残った。




