「それって、あと一回使ったら戻れないってこと?」
父さんと姉さんの視線をやけに感じながら、ボクたちも席に着く。
なんか姉さんが服を引っ張ったりヒラヒラさせてアピールしているけど、そんなに女物が懐かしかったのかな?
やがて諦めたようにため息をつくと、それを見ていた父さんが話しだした。
「さて、お前たちが元に戻った理由だが……実は満月の夜というのも正確じゃない」
「え?」
姉さんの謎行動はスルー?
「分かっていることは、月明かりが多く降り注ぐ夜ということだ。なので、俺は満月の前後二日は可能だと見ている。実際にそうだったな」
「しかし、あんなに私は反対していましたのに……」
「一昨日でも成功した可能性はあるが、思い出したのが昨日の朝だったからな。お互いに予想外だったほうが都合は良いだろ?」
それを聞いて、ボクと姉さんは顔を見合わせる。
不思議そうにしているところから、姉さんも何の都合かわかっていないらしい。
「今日一日、お前たちはこのまま過ごせ。それで明日……いや、明後日が猶予だ。明後日の夕方までに結論を出せ」
「結論って、今回戻るかどうか……だよね?」
おそるおそる問いかける。
まさか、あと二日でこれからの人生が決まるわけが。
その問いに、父さんはニヤァと笑いながら答えた。
「もちろん、これからどう生きるかだ。今回はバレないようにするため細かく刻んだからな、量も増量させてある。おかげであと一回分しか霊草は残っていないぞ」
「それって、あと一回使ったら戻れないってこと?」
「そうなるな。少なくとも俺も手持ち分ではそうだが……ハヤトが後継ぎになり、管理者として職務を全うしているならいつか手に入るかもな」
ボクが姉さんの身体で後継ぎとなると、婿養子を迎えないといけない。
つまり、女として婚約……ははは、具体的に想像できちゃうほど姉さんの身体が馴染んでいるや。
かといって、このままなら特に問題もない。
要は姉さんを抑えて、霊草みたいなものを口にしなければいいだけだ。
何だ、簡単じゃないか!
そう思っていたボクを殴りたい。
急にそうなったということは、ボクたちを取り巻く周囲に何も伝わっていないということだ。
現にサラさんですら姉さんと喧嘩になっていたみたいだし、屋敷のメイドさんにも食堂で改めて周知されるまでは頭を疑われたりもした。
……いや、これが普通だったんだけどなー。
「はぁー……」
「ため息をつきたいのはこっちよ。今日はリリアと出かける予定だったのに、どうしてアンタが代わりに行くのよ」
「いや、どうしてってボクも聞きたいよ」
ちなみにサラさんは、姉さんが解雇したがるかと思ったけどそうでもなかったようだ。
二人でヒソヒソと話していたかと思えば、こちらを見ながらお互いに笑い合っていた。
……ちょっと恐怖を感じたけど、仲直りしたのなら何よりだ。
「そうだわ。三人で行きましょう! リリアも私の身体を慕ってくれているし、良い案だわ!」
「あ、それならボクもフォローできそうだね」
「……ちょっと、ハヤトはあっちよ」
「あっ、ごめん。つい姉さんの位置と間違えて」
その後、お互いにクラスを間違えるというハプニングもあったけど、隣にいった姉さんが慌てて戻ってきたことでボクも気づいた。
さっきクロイスに「そこはハヤトの席じゃないぞ」と話しかけられたけど、そういう意味だったのね。
お構いなくって返してしまったときのクロイスの顔が忘れられないや。
そうして学園での一日、それぞれの立場での生活が始まったわけだけど、案の定地獄だった。
「あら、本日はこちらへ集まりませんの?」
「いつもなら積極的ですのに、本日は大人しいですのね」
「リリア様と離れていてよろしいのですか? では私が……」
……姉さんはいつも、こんなに女子に囲まれているの?
他の男性に恨まれるかとも思ったけど、どうやらクラスの男子は目も合わせないようにしているみたい。
去年仲良くしていた人にも目を逸らされるし、姉さんは何をやってくれたのだろう。
「ハヤト様。本日の予定ですが……」
「リリアさん。それなんだけど」
「まあ、いつものようにリリアと呼んでくださいな」
なんとなくブラつかせていた左手が、彼女の両手で優しく包まれた。
そんなに真っ直ぐ見つめられると……照れるな。
「っ! リリア。今日は姉さんも一緒でいいかな?」
「はいッ!!」
「!!!!」
それは誰が発した声だろうか。
リリアさんの返事が聞こえた途端、まるで信じられないといったように周囲にいた女子の目が見開かれた。
一斉に驚愕の表情をする姿は、気でも触れたかのように思える。
それ怖いよ! 集団ホラーだよ!
「じゃ、じゃあ! そういうことだから!」
「あっ、お待ちになってハヤト様っ!」
いきなり逃亡したボクをリリアさんは追いかけてくるけど、それすらホラーのワンシーンに思えてきた。
結局鐘が鳴るまでは逃亡し、また自由な時間は中庭に逃亡するというどこかの庶民スタイルを真似て回避した。
……怖い。女性怖いよ。
そして迎えた放課後。
そこにはリリアさんとボク、そして姉さんの他に……クロイスとイブさんまでが集まっていた。
あと一人、どこかでみたことのある男性もいる。誰だっけ?
「セシリア。まさかお前がセシリアだったとはな」
「…………」
「ハヤト。アンタのことよ?」
「え? ボクは違うけど」
今は戻っているし、誰だかわからない人が姉さんと間違えるわけもない。
しかし、姉さんは全てを諦めたようにため息をひとつ。
「アンタ、この二人にバレているじゃないの」
「え?」
そうして後ろにいた二人をみると、二人とも気まずそうに顔をそらした。
わかっていないのはボクだけみたいだけど、それよりも疑問がある。
「ところで、どちら様?」
「……は? 俺様を忘れたのか」
「俺様ですか? 知りませんね」
クロイスとイブさんが吹き出す。
ついでに姉さんも笑いだしたので、ボクは取り残される。
……ガイアル。そういえば、そんな人もいたね。




