「何を混ぜたの?」
そこはボクの部屋のはずなのに、別世界の光景だった。
だって、昨日使った勉強道具や、壁側に置いてあったイスが宙に飛んでいるんだもの。
「このっ! ハヤト様の身体から出ていきなさい!」
「これは元はといえば私の身体だ! 父様にいって解雇してもらうぞ!」
あー……。
ドアの向こうの惨状に頭を抱えるも、放置すると部屋がめちゃくちゃになりそうだ。
いや、現在進行系でなっているから早く止めないと。
助けを求めて、同じように様子を見に来たメイドさんに顔を向ける……皆そそくさと逃げ出す。
あの鬼メイドまでもが関わるのを避けて逃げ出すなんて……確かにヒステリックの姉さんは避けたいよね。
「二人とも、物を投げるのはやめようよ」
「最近は大人しいので見逃していましたが、一人で着替えられるとかどういうことですか!」
「当たり前だ! というか、姉さんはまだ手伝わせていたのか!」
「…………ちょっと」
どんどんヒートアップしていくようだけど、二人の距離が近付くことはない。
思えば姉さんとサラさんが近くにいる場面は見たことないし、お互いに近付くのも嫌なのだろうか。
「大体、その身体で男性用の衣服を着用しようなど……いえ、アリかもしれませんね」
「フン。アンタの好みはどうでもいいが、邪魔しないでよ」
「いや、止めてよ!」
二回目の声掛けで、ようやく姉さんが気づいてくれた。
それにつられ、サラさんもボクのことを認識してくれたけど……見るからに落ち込んだ顔をしないでくれるかな?
「あ、ハヤ……姉さん。いたんだ」
「戻ったからには姉さんは姉さんだよ」
ボクは元の身体に。
姉さんも元の身体に。
それなら呼び方も口調も変える必要はない。
ちょっと予定よりも早かったから驚いたけど、姉さんも問題なく戻れたようで何よりだ。
「はぁ……そうだね。これはハヤトの仕業?」
「ううん。ボクも明日だって聞いていたし、霊草なんて食べてないはずだよ」
「私も確認したからそうでしょうね。だとすると……そこのメイド」
「…………」
「サラさん?」
「はい、ハヤト様。お呼びでしょうか?」
「おい」
どうやら冷戦状態になっただけで戦いは続いているらしい。
ピキピキと音を立てている姉さんは、それでも情報を引き出すためにボクを通じてサラさんと会話する。
「昨日の食事当番は?」
「サラさん、昨日は誰が料理を作ったの?」
「私でございます」
「何を混ぜたの?」
「その時、何か加えた?」
「はい、調味料を少々」
「……食材に葉を混ぜたり、野菜を使わなかったかしら」
「気づかないように野菜を混ぜたり、見たこともないような葉っぱって使わなかったかな?」
「使ったかもしれませんし、使わなかったかもしれません。昨日は用意された食材をすべて使うように、とのことでしたので」
となると、食材を用意した人が怪しい。
前日にフローラさんが用意する場合もあるけど、誰かが調理場に来たら食材を増やすことも可能だ。
でも、霊草を持ち出せる人物なんて一人しかいない。
「昨日父様は来たのかしら?」
「…………」
「父さんって、調理場にきた?」
「いいえ。しかし足は運ばれておりませんが、旦那様に渡された食材がありましたので、それが怪しいかと。気づいた時点で省くべきでした」
姉さんのことはまだガン無視である。
二人の間に火花が散っているようだけど、ボクが間に入ることでなんとか情報は聞き出した。
あとは父さんに話を聞くだけなんだけど……ボクとしてはこのままでいいから、藪をつついて蛇を出すような真似はしたくない。
「それだけわかれば充分よ」
「ちょ、父さんのところに行くの?」
「当たり前じゃない」
部屋を出た姉さんを慌てて追いかけるも「当然でしょ?」といった顔をされる。
ボクもどうして前倒しになったのかは気になるけど……でもなあ。
それ以上はスタスタと歩く姉さんを止められず、結局二人で食堂に来た。
部屋に行ったら父さんは既にいなかったので、いるならこの場所だろう。
「お食事中に失礼します。お父様」
「……何だ。食事中に話しかけるなとあれほど言ったと思うが、その調子だと上手くいったようだな」
「話が違いますわ」
「そうだよ。明日のはずじゃなかったっけ?」
「……二人とも。まずは食事を済ませなさい。セシリアは……さすがにハヤトと違ってしっかりとしているな」
その言葉にボクは自分の服装を見るも、別におかしなところはない。
だが、姉さんにはその意味がわかったらしい。
「これでも何十年は女をやってきましたから」
「しかし、不満はあるのだろう?」
「……そうですね。一度経験してしまうと少し」
「んん?」
ボクはそんなことなかったけど、姉さんは男になりたい理由ができてしまったらしい。
それってまさか……リリアさんのことじゃないよね?




