「これってサラさんの呪い? それよりも鏡はっ!」
帰宅してからすぐに父さんの部屋に向かう。
まだ食事をするには早い時間だけど、ボクの呼びかけに父さんはすぐ答えてくれた。
「どうした? またセシリアの説得に失敗したのか」
「その通りだけど……前の約束って、もう効力切れているよね」
「当たり前だろ。だが、今度は何が聞きたいのだ」
この前クロイスの家へ泊まりに行くのを条件に、父さんが話してくれるという約束。
それに縋ろうとするのは虫の良い話だけど、そうでもしないとボクの話も聞いてくれそうになかった。
「あの、霊草ってそんなに貴重なものなの?」
「何を言い出すかと思えば……数が少ないという点では貴重だ。手元にも僅かしか残っていない。しかし、使用する機会は滅多に訪れないので余っているともいえるな」
「それって気軽に使って良いものじゃ……」
「使用した霊草は俺のものだ。管理する分とは別口だからな」
そう言ってハッハッハと笑うけど、それってくすねたんじゃないよね?
仮にも管理者である父さんがそんなこと……ないとは言い切れないけど。
「まさか、無許可で使用したなんて――」
「俺は落ちていたものを拾っただけだ。いいな? そういえば遠くの国と交友を持ちたいと思っていたんだ。この家からも誰か嫁がせて――」
「父さんに限ってそんなことはないよねーあはは……」
深くは問うまい。
ボクとしては元に戻れるだけでいいんだ。
「じゃあ頻繁に入れ替えてって、出来ないんだね」
「ふむ。そういうことなら少し考えがある。ま、明後日を楽しみにしておけ」
「……うん?」
それだけ言うと、話は終わったというように退室を促された。
父さんは協力してくれるかわからなかったし、今日と明日で姉さんを説得できるかな……。
夕飯時は家族が揃う貴重な時間だけど、姉さんは並べられた料理を異様に警戒している。
……原因があの時食べたサラダっぽいと予想してから、どうも見たような食事を避けているみたいだ。
満月の日が過ぎれば警戒も解けるのだろうけど、ボクに戻らない宣言をしてからは警戒が露骨になった。
「今日の食事も大丈夫そうだね」
「セシリアは全く戻りそうにないな」
「当然です。業腹ですが、ハヤトはクロイス様と幸せになってください」
「いや無理だからね? ボクもクロイスもそういった目で見れないよ」
「あれ、そうだったの?」
「そこで不思議そうにしないでよ」
二人ともクロイスにバレていると知らないはずだけど、もし姉さんのフリをしているだけならクロイスは振り向かなかったはずだ。
ボクを泊めてくれたりするのも、中身がボクだって確信を持たれたからだし。
けど、二人にはクロイスがボクに落ちかかっているように見えたのだろう。
「何にせよ、僕はこのままハヤトとしてやっていくよ」
「セシリアのほうが乗り気ではないか。二人とも案外、このままのほうが合っているのかもな」
「ちょ、父さん! 冗談でもやめてよ!」
いつもの姉さんなら冗談で済みそうだけど、最近の姉さんは本気で戻りたくなさそうに思える。
普段の警戒度からもそれが伝わってくるので、そんなに今の生活が楽しいのだろうか?
リリアさんのこともそうだけど、隣のクラスってどうなっているんだろ?
「ま、今のハヤトの周辺も楽しそうだけど、息が詰まりそうだしね。それに、クロイス様の態度がなんか……いや、何でもない。ごちそうさま」
「そこまで言われたら気になるよ」
「それは今後のお楽しみってことで。そのうちハヤ……姉さんも気づくんじゃない?」
どうやら、ボクの立場は姉さんの中で固定されてしまったらしい。
懇願するような目で父さんを見ると、大丈夫だというようにサムズアップされた。
「いや、どうしろと」
「まあまあ。明日を楽しみにしておけ」
明後日じゃなかったっけ? と思ったけど、食事はお開きになった。
姉さんの部屋に言っても追い返されるだけだし、また明日説得しようかな。
次の朝。
今日はサラさんが起こしにくるよりも早く目覚めたけど、なにか違和感がある。
「……うーん。あれぇ?」
いつもの天井、ではない。
知らない天井でもないけど、何かやけに懐かしく感じる。
そのまま身体を起こそうと思って、勢いよく反動がつく。
「っとと、ん?」
やけに頭が軽く感じる。
まさか禿げた! と思いつつ頭を触るも、返ってきたのは少しゴワついた感触だった。
「みじかっ」
いつもなら顔にかかる髪がなく、なんとなく下に顔を向ける。
最近は膨らんだ胸にも見慣れてきたけど、そこはしぼんてしまったのか、サラさんのように平坦な胸へと変わり果てていた。
「これってサラさんの呪い? それよりも鏡はっ!」
自分の部屋……ではなく、どこかで見たような内装に、一部置かれる不似合いな釣り竿。
女性の部屋のようだけど、所々に男性のような私物が見える。
そして、姿見に映し出された姿は……最近は見慣れたもの。しかし、自分の思い通りにはならない身体だった。
「ボク……元に戻っている!!」
満月は明日のはずでは?
霊草なんて食べたっけ?
そういった疑問も、目の前の姿の前では不要だ。
何度頬をつねっても、ボクの意思と同じように動く姿が夢じゃないことを証明してくれる。
とすると、今頃サラさんに起こされるのは……。
久しぶりの男性用に懐かしく思いつつも着替えると、姉さんの部屋に様子を見に行くことにした。
そして、ちょうど廊下に出た時……女性二人分の悲鳴がボクの部屋まで届いてきた。
片方は姉さんだとして……もうひとりはサラさんかな。
でも、なんで?




