「ハヤト様は、元の身体に戻りたくないのですか?」
うん。
彼女が婚約者だということはつい最近知った。
けど、そこまで仲良くなっていたとは予想外だった。
「ご、ごきげんようリリア。弟のためになってとは言ったけど、まさか婚約者になるなんて」
「それは、あくまで落ち着くまでですわ。今の時期さえ……え?」
姉さんが急にリリアさんを抱き寄せた。
あの、目の前でイチャつかれると反応に困るのですが。
「そういうわけだから、すぐには困るんだ。姉さんもココに放り込まれたら困るでしょ?」
そう言ってさらにリリアさんを抱き寄せる。
彼女もされるがままになっているけど、ボクにいまの所業は真似できない。
……だって、リリアさんは話しかけるのを躊躇うほどの美人だし、お互いにフリとはいえ仲は良好のようだ。
そしてもし、本来のボクに戻ったら……リリアさんは、いまと同じ笑顔をボクに向けてくれるだろうか。
前に姉さんに指摘されたように、ボクにはまだ自信が持てなかった。
「……優先順位は、この身体が先ですわ」
「ふぅん? リリアは姉さんを慕っているけど、繋ぎ止められるのかな?」
元に戻ったら私が奪うわよ?
という宣戦布告が聞こえた。そして、リリアさんは不敵に笑う姉さんの顔を不安げに見上げている。
「ハ、ハヤト様……?」
「ッ! とにかく、残りの期間で説得してみせるわ!」
逃げるようにその場を立ち去る。
確かに、ボクも姉さんの身体で色々交流を持ったけど。
第三者の立場からその光景を見せつけられると、本当にボクがその場へ混ざって良いのか不安になってくる。
あるべき場所に戻る。
たったそれだけのことなのに、心がざわつくのは何故だろう?
家に帰り、着替えることもせずにベッドへダイブする。
もしかして姉さんもこんな気持ちだったのかもしれないな。
自分より上手く行動する自身の身体。
そして、本人には向けられることのなかった顔を見せて、周りには笑顔が溢れている。
自分なのに、そこにいるのは自分じゃない。
今の状況で皆が幸せなら、それでいいのでは?
だんだんと思考がネガティブ寄りになっていくけど、誰かがベッドに座ったことでボクの意識は戻ってきた。
「サラさん?」
「何かお悩みのようで。私でよければお聞きしますよ」
いつまでも彼女に甘えるわけには……と自己問答していると、さっき姉さんがしたみたいにサラさんはボクを抱きしめてくれる。
まるで男性のような胸板に母性は感じないけど、優しく頭をポンポンされ、甘えても良いんですよ? と伝わってくるようだ。
「……サラさん、痛いよ」
「少し強くしすぎましたね。さ、お話を聞かせてくださいな」
「クッションが……あ、ままま枕があるから! これでいいかな!」
柔らかくなかったからか、つい目線が平坦な胸板に吸い込まれたけど……後ろからスッと取り出されたロープを見て咄嗟に枕でガードした。
「……あの、どうしてロープを所持していますの?」
「うふふふふ。ハヤト様はどうやら、抱き枕が手放せないようですね。このまま縛って差し上げましょうか?」
「回答になってないよ!」
倉庫に仕舞う前だったからとはいえ、まさか本気で縛る気だったのでは? と思ってしまった。
いや、サラさんならやりかねないな……むしろ部屋に入ったことにも気が付かなかったから、ボクが寝ていたらどうなっていたんだろ?
……コレ以上は怖いからやめよう。
「なるほど。つまりハヤト様は、客観的にセシリア様を見れたということですね」
「え、やっぱりそうなるのかな?」
「当たり前でしょう。何回アピールしても振り向かなかった殿下が、ハヤト様が媚びた途端に家へ泊めるほど好感度が上昇した。ご主人様の思惑通りとはいえ、予想以上の効果ですね。あの小娘……じゃなかった。セシリア様も不満がたまるわけです」
「そっか……あの傍若無人な姉さんがそんな繊細だとは思えないけど、少しずつダメージになっていたかもね」
「そうでしょう。心優しきハヤト様には耐えられなくても無理はありません」
「……さっきからやけに姉さんを下げるね」
薄々仲が悪いことには気づいていたけど、最近はサラさんも遠慮がなくなってきたな。
ボクの姿を見て、嫌なことを思い出したりしているのかな。
「ハヤト様は、元の身体に戻りたくないのですか?」
「そんなわけは……ない、けど」
ボクが姉さんとして過ごした期間は数ヶ月だ。
でも、その間に様々な出来事といろんな縁があった。
もしかすると、その縁も壊れたりするけど……やはりデメリットが大きすぎる。
イブさんとクロイスは事情を知っているし、あの二人との仲は今後も大きくは変わらないだろう。
「セシリア様の意思が変わらないなら、どうするか決めるのはハヤト様です。先延ばしにしてもチャンスはあるとはいえ、後悔しない選択をしてくださいな」
「うん。ありがとうね。気分が随分と軽くなったよ」
ボクの周りは変わらない。
そんな風に関係を作りすぎず、またひっそりと生きるように選択してきたんだ。
それも元の身体に戻るため。
なら、今のボクを取り巻く関係がどうであろうが、こちらの意思は変わらない。
「やっぱり姉さんがどう言おうと、ボクは男に戻りたいな」
「……あぁ、残念ですね。背中をお流しできるのも、添い寝をできるのもあと少しといったところでしょうか。なら今夜は許可していただけますよね?」
「え? あ、うん」
「よしっ!」
……おかしな空気になってしまったけど、サラさんとボクの関係も変わるんだよね。
むしろそっちに関しては、メイドさんたちのおもちゃにされなくなってありがたいかも。
あとは姉さんをどう説得するかかなー。
何だかんだで言いなりになっていたけど、今回ばかりはボクも譲ることが出来ないよ?




