「あちらからアプローチされていますの」
あの後はタイミングが合わなかったとはいえ、お互いに顔を合わせることはなかった。
ボクから姉さんの部屋に行こうとも思ったけど、もしいつもの調子で開き治られたら深刻なダメージを受けそうで怖い。
だって「ハヤトより私のほうがモテるのよ? 当たり前じゃない」とか言われたら男としての自信をなくしそうだ。
それをサラさんに伝えたら「さすが双子ですね」と返された。
意味を聞いてもはぐらかされるだけだったから、同じことをイブさんにでも聞いてみようかな?
「そういうわけなんだけど、わかるかな?」
「あー、貴方は姉の気持ちも考えてみたら?」
いつものように昼休みを使って相談に乗ってもらう。
イブさんには理由がわかったみたいだけど、姉さんの気持ち?
ちなみにクロイスもご一緒しようとしたけど、イブさんに素気なく断られた。
なので今、彼は離れた席からこちらを窺っている……あ、いま目が合った。
「えへへ」
「何手を振っているのよ。クラスの皆が見てるわよ」
手を振り返してはもらえなかったけど、教室の気温が何度が下がった気がする。
主に、女性側のほうから冷気が漂ってくるようだけど……ま、姉さんとクロイスの仲だとしても今更だよね。
「慣れた光景だろうから大丈夫だよ」
「あの時とは状況が……いや、客観的に見れないのね。ごめんなさい」
「何でボク、謝られたの?」
説明するのもお手上げというように、イブさんは両手を上げる。
客観的に、ね。
「姉さんの気持ちなんか、いかにボクを困らせるかの一つじゃない?」
「どれだけ恨んでいるのよ貴方……」
「だって勝手に婚約者を決めたり、ボクが戻ろうと調べている間、ハーレムを築いていたりするんだよ?」
「確かに身勝手だけど、それも一つの行動原理からだと思うわ」
「それって未来で視えたこと?」
「……違うけど」
それなら、より近くで見ているボクのほうがわかるはずだ。
なんたって生まれたときからずっと一緒だからね。二人でいるときなんかは、よく囮に使われたり時間稼ぎに利用されたりとしたものだ。
学園に入る前からそういった事も少なくなったけど……それでもボクに対する嫌がらせは続いていた。
主に、クロイスとボクの仲を邪魔するって内容だけど。
「フン。姉さんのことなんか知るもんか」
「……今は貴方がその本人だけど。もしかすると、貴方の父親はこの問題も解決したかったのかもしれないわね」
「ボクと姉さんの仲のこと? まさか。確かに最近はよく話すようになったけど……」
「近すぎて見えないものもあるのよ。灯台下暗し……とは、少し違うのだけど」
鐘が鳴ったこともあり、それだけ言い残してイブさんは離れていった。
その後はとくに話すこともなく、挨拶だけして帰ろうとしたのだけど……ボクとイブさんの前に、一人の女性が現れた。
「貴方最近、やけにクロイス様と親しくされていますね。私に対する当てつけかしら?」
「えっと……」
「お言葉ですがオリーブ様。私たちはそのようなことはございません」
そうだ。
この人は何度かボクに突っかかってきたオリーブさんだ。
派閥というもののリーダーみたいだけど、何度もボクに構ってくるほど暇なのかな?
「嘘おっしゃい! この前はクロイス様と同じ方角から歩いてきましたわね。大方ご一緒しようと思い、家を訪ねたかと予想しましたが……その日はクロイス様と私が早めに来てお話をしていましたの。残念でしたわね!」
「へー」
だからあの日、クロイスは先に行ったのだろう。
てっきりボクと行くのが嫌だっただけかと思ったら、オリーブさんと何やら約束があっただけみたい。
「まだありますわ。クロイス様の従者に馬車を任せ移動していたとか。優しいクロイス様のことですわ。同情を誘って家まで送るように……」
「少しよろしいでしょうか?」
さすがに見当違いの推論を聞くのにも飽きてきた。
イブさんに至っては相手をするのをやめて目を瞑っているし、ボクも早く帰りたい。
「仮にそうだとしても、全て偶然の産物です、むしろ私よりも……」
言葉をきって、クロイスのほうへ視線を向ける。
必然的にオリーブさんの視線も向けられ、まだ残っていたクロイスとボクの視線のみ交差する。
「あちらからアプローチされていますの」
「なっ!!」
その大声に、イブさんの目が軽く開かれる。
そしてすぐに閉じられた。
……この状況から逃げだしたいのはよくわかるよ。
「そ、それって」
「ごきげんよう」
「ちょ、待ちなさい!」
もはや空気と化したイブさんは放って、ボクだけ教室の外へと逃げおおせる。
オリーブさんはクロイスに詰め寄りに行ったようなので、追ってはこないだろう。
「……全く、姉さんのこともあるっていうのに」
誰に聞かせるわけでもなくつぶやく。
そして偶然だろうが、それを受信したかのごとく、悩みのタネが前からやってきた。
「ハヤ……姉さん。ちょうどよかった」
「え?」
「お、お姉さま……お久しぶりです」
そこには、姉さんとリリアさん……仲良く腕を絡ませた二人が立っていた。




