「私は……いいえ、僕は――」
馬車の中でサラさんを問い詰めるも、返ってくる言葉は何もありませんの一言だ。
その際に必ず目線を逸らすので、何かあったのは間違いない。
……もしかして、事故でキスしたんじゃ?
「ボクの親友に手をだした?」
「何もありません」
「一緒のベッドで寝たの?」
「何もしていません」
「唇が触れちゃった?」
「……何も、なかったです」
多少言葉は変わるけど、サラさんも中々頑固なところがある。
全く誰に似たのだろう?
……ジト目でこちらを見てくるけど、ほんと誰に似たのやら。
昼前には家に着いたというのに、父さんは外出しているらしい。
ボクはローレンスさんにお礼と、僅かばかりの野菜をお裾分けする。
最近は育てている野菜の出来が良いので、クロイスにも喜んでもらえることだろう。
そうやって笑顔で見送っていると、ふと後ろに気配を感じた。
「アンタ、まだそんなことをやっていたのね」
「あ、姉さん、久しぶりだね」
「クロイス様との仲は順調なようで何よりだわ。私は最近、避けられているみたいだけど……」
それはバレているからだよ、とは言えない。
ボクの正体に気づいたってことは、クロイスは姉さんの行動にも疑問を持っていたのだろう。
ま、姉さんにボクが務まるなんて思っていなかったけどね。
「姉さんがボクに成りきれるわけないよね、とでも思っていそうだけど、アンタも私に成れていないからね? そこを忘れないで頂戴」
「こ、これでも姉さんより女性らしく――」
「あ”?」
「――何でもありませんわ。オホホホホ」
せめてもの抵抗に、精一杯お嬢様らしく振る舞っていそいそと撤退する。
そういや、ボクは元の身体に戻りたいと思っているわけだけど、姉さんの意思は確認していなかった。
「そういえば、姉さんはさ」
「何よ」
歩みを止め、しかし背中を姉さんに向けたまま問いかける。
「今でも、元に戻りたいって思っている?」
「………………」
「どうなのさ……え?」
いつまでも返ってこない返事に振り返ると、そこには誰もいなかった。
ま、今聞かなくてもどうせ今夜わかるからいっか。
何日かぶりに見慣れた食卓へとつく。
そこには帰宅した父さんと、さっきまで行方不明だった姉さんがいる。
しかし、いつも控えているはずのメイドさん達はいない。
入り口の外にはいたけど、今日は中に入ってこないようだ。
「……さて、食事も済んだことだ。お前の質問に答えよう」
「その前に、姉さんにはどこまで話したの?」
今回の件で行動したのはボクだけだ。
姉さんも聞く権利はあるとはいえ、対価として受け取る内容としては些か不公平でもある。
「婚約者のことだけだな。安心しろ、セシリアには別の要求を通してある」
「要求?」
「……うん。実に不本意だったけど、無事に終わらせたよ」
「さて、ハヤトは俺の仕事について聞きたいんだよな? はじめに言っておくが、詳しくは無理だ」
「約束は?」
「言っても理解できないだろう。ただな、管理人。代行者。支配者。それだけで察してくれ」
それがこの子爵家の使命なのだ。と言われるも、肝心の内容は伝わってこなかった。
だけど、夜遅くに出かけたり、休みの日にふらっといなくなるのもそれが関係しているのだろう。
もし、ボクが継ぐようなことがあれば……父さんが行っている内容もこなしていかないとダメなのだろう。
「とりあえずは、納得してくれ」
「そんな説明だけで、何を納得したらいいのか――」
「管理者。材料の管理も任されていると言ったら?」
おそらく霊草もそこに含まれるのだろう。
つまり、好きに取り出せる立場にある、と。
「やっぱり、霊草が関わっているんだ」
「自力でそこまでたどり着くとは、何たる執念というか。資料も目につくものは回収したはずだったのだがな」
「何十年前の事件を覚えている人がいたんだよ」
酒場での戯言程度の事件だったのだろう。
実際、噂話としては浸透したけど、信じる人は皆無だったと父さんも言っている。
さすがにその事件は父さんの仕業じゃないけど、祖父のほうからやけにリアルに聞かされたとのことだ。
……まさか、おじいちゃんが??
「ま、戻りたいなら次の満月の日に戻してやる。ハヤトは上々だが、セシリアは散々のようだからな」
その言葉に、静かだった姉さんがビクッと反応する。
さっきからボクと父さんしか喋っていないけど、そんなに萎縮することってあったっけ?
「ようやく解放されるんだね……じゃあ、次の満月の日にお願いします。姉さんもそれでいいよね?」
「私は……いいえ、僕は――」
あっ、と思った時には遅かった。
ボクが止める間もなく、姉さんは立ち上がって宣言した。
「僕はしばらく、このままがいい。せっかくのハーレムもそうだけど、婚約者のリリアとのデートもあるし」
「そうか。あと一週間以上あるんだ。ゆっくりと考えろ」
「わかりました。では」
姉さんはボクには一度も振り返らずに退室していった。
しばし硬直する。
「どうしたハヤト。お前がイチャイチャしている間、セシリアが何もしていないとでも思ったか?」
「…………って」
「何だ?」
「ハーレムって、何だよ!!」
ボクの叫びは、父さんの耳にうるさいほど響いた。
しかし、それに対する返答も残酷なものだ。
「あー、なんだ。報告によると『セシリア親衛隊』なるものがハーレムになっているらしいな。実際はお前を見守る集団だが、男性はセシリア一人……ちょっと待て、男性と言って良いのか?」
「そこは父さんが否定してください」
机に肘をついて頭を抱える。
いつもなら注意してくる父さんも、今回は何も言ってこない。
「それに……リリアさんが婚約者なんて」
「やはり知り合いだったのか。セシリアがいい笑顔で進めてくるからな。そんなことだろうとは思った」
満足気にウンウン頷いている大人は放っといて、ボクはあと一週間……現実と向かい合わないといけないらしい。
全く、姉さんもボクの身体で何やっちゃってくれたの?




