「ま、ただのモブってところね。大人の事情かしら」
二人でそろりそろり、と部屋を抜け出し、クロイスの部屋の前まで到着する。
「……もう寝ちゃったかな?」
「シッ! 何か聞こえない?」
耳を澄ましてみると、微かに音が聞こえる。
『……での……は……くて……』
『だ……なら……目に浮か……はは……』
『……おそばに……近寄って……ちゅ……』
断片的にしか聞こえないけど、ボクの昔話でもしているのかな?
……最後に聞こえた音が気になるけど、問題はなさそうかな。
「じゃ、部屋に戻ろ――」
振り向いたボクの先にあったのはイブさんの顔だ。
目と鼻の先にあったそれと、しばし見つめ合う。
そのまま距離がゼロに……なることはなかった。
「ちょ、近いわよ!」
「うわわっ!」
ドス、と押されたことによって、ボクはその場に尻もちをつく。
その音を聞いてか、部屋の中から物音が聞こえ、やがて扉が開かれた。
「……あのハヤトが、まさか盗み聞きとはな」
「もしかして三人で寝たいのでしょうか? 殿下には悪いと思いますが、私は向こうで一緒に」
「待ってください。どうしてそうなるのでしょうか?」
二人はもめているけど、まだコトは起きていない様子だ。
でも安全のためサラさんは回収していったほうがいいかな?
「ローレンスからの指示でもあります。嫌かもしれませんが、ここは従ってもらえませんか? そうでないとゲームの意味が」
「別にボクたちが納得していればそれで良いと思うんだけど」
「……ローレンスはな、そういった不正に厳しいぞ?」
その言葉にボクだけがブルッと震える。
前々からよく聞かされていたっけ。
教育のためか、クロイスが嘘をついたり誤魔化したりすると、間接的に愚痴愚痴と言われるらしい。
それが顔を合わせる度に続いたり、食事も冷えたものが机に置いてあるとか。
気分は冷戦中の夫婦とも言っていたなー。
「じゃあクロイス、おやすみっ!」
「ああ。不安だろうが、何もしないからな。むしろ俺を心配してくれ」
「……サラさん。何もしないでね?」
「ご安心を。私はハヤト様だけです」
「何が、とは言わないのね。さ、戻るわよ」
イブさんに引きづられるようにして部屋に戻る。
……念の為、イブさんと同じベッドで寝たいと言ったらすぐ許可が出た。
「ローレンスさんは怖いものね。彼のことはよく知っているわ」
そういって、横になった身体をポンポンとされる。
身内以外の異性と向かい合って寝ているわけだけど、感じるこれは安心感……なのかな。
ついこないだまで男性に怯えていたからか、イブさんのぬくもりは不思議と心が落ち着いてくる。
「そういえば、どうしてサラさんは知らないのに、ローレンスさんのことは知っているの?」
「うふふ、それはね……彼はクロイス様と深い関わりがあるからよ。私の口からはこれ以上言えないわ」
「だったらサラさんも、ボクとは……」
「そうなのよ。家には二回ほど行く機会があったのだけど、彼女のことは知らないわ。それに、他の使用人もね」
イブさんはボクの家に、父さんと姉さんとボクしかいないと思っていたらしい。
そこそこ大きい屋敷だから、そんなことはないのに。
「ま、ただのモブってところね。大人の事情かしら」
「? 何を言っているの」
「……今日はもう寝ましょう。セシリア、様の身体というのが残念だけど、ハヤト様はどう?」
「どうって……何だか安心できるよ。イブさんはあったかいね」
「そういう意味じゃ……ッッ! お、おやすみなさい」
ボクの身体のままだったら絶対にできないけど、彼女はクロイスに次ぐ親友だと言っても良い。
イブさんがどう思っているのかは知らないけど、これだけ親身になってくれるなら友達には違いないよね。
なので、今の立場を利用して手を握ってみたのだけど、触れた途端にパッと向こうを向いてしまった。
……背中を向けられて寂しいけど、お話は終わりみたい。
寝る直前『どうして私のほうが動揺しているのよ……』という呟きが聞こえてきたけど、意味がわからなかったのでスルーして寝た。
ゆさゆさと身体が動かされる。
まだ寝ぼけ眼で顔を向けると、ボサボサのヘアーのイブさんがいた。
「そろそろ起きなさいな。もう朝も過ぎているわよ」
「ほへ?」
「……寝起きが悪いのは相変わらずなのね。でもそこも可愛いらしい……いえ、この顔じゃないわ。落ち着くのよ私……」
ブツブツと聞こえてくるけど、確かに寝すぎていたらしい。
イブさんもついさっき起きたみたいだけど、今日はサラさん。起こしに来てくれなかったな?
お互いに着替えて……着替えるときだけは、ベッドを挟んで背中を向け、二人で部屋を出る。
イブさんが着替える時の衣擦れの音がやけに響いて、ボクの顔は真っ赤だっただろう。
でも、ボクが着替え終わった後のイブさんの顔も真っ赤になっていた。
そんな風にお互い真っ赤だったので、テーブルで待っていたクロイスたちも不思議に思ったらしい。
「どうした二人とも?」
「な、何でもないですわよ?」
「……昨夜はお楽しみでしたね?」
「それはこっちのっ! ……あ」
何もない、信用してくれと言われていたはずなのに、ボクの言葉に二人がピクリと反応する。
しまった……と思ったけど、それに対する二人の反応は顔を赤く染めるだけだった。
「え? あ、何も……なかったんだよね?」
「んん。今日はお屋敷に戻りますよ支度を整えてくださいませ」
「話を逸らさないで。ボクを安心させて、ね?」
「ところで、お二人とも。そんな寝起きの格好で殿方の前に出るのは関心しませんよ。淑女なるもの、きちんと整えてください」
そのまま引きずられるようにして、ボクとイブさんは部屋へと連行される。
ボーッとしているうちに準備は終わったみたいだけど、疑惑はまだ晴れていない。
イブさんのほうは、何やら考え込んでいる。
あの手この手で質問を躱されるので、今度はクロイスに攻めてみる。
「何かされたの?」
「いや、何もないぞ。多少の事故はあったが、それだけだ」
「事故ってなにさ」
「気にするほどでもない。今日は父親を問い詰めるんだろ? 行ってこい」
ボクたちが家を出る別れ際、クロイスとサラさんは目で通じ合っていた。
二人の身に何があったんだろう……気になる。




