「あの二人は今夜、口づけを交わすでしょうけど」
ボクたちは夕方まで粘ったけど、その結果が覆ることはなかった。
「あの、そろそろ帰還しなければなりませんが」
「いや! まだだ! あと一匹かかるまで待て!」
「もう諦めたら?」
一匹ごときで変わるような釣果ではない。
こっちはハンデも含めて十八匹。そのうちの六匹がボクだ。
サラさんたちは……十匹。ハンデがなくてもボクたちは勝っていた。
「この俺が、二匹しか釣れないなんてことは……っ!」
「現実よ。諦めなさい」
「所詮ビギナーズラックだろ。大金を叩いて買ったコイツが使えないなんてことはないはずだ。見てろよ、あともう少しで」
「殿下? 私めもこれ以上は待てません。かくなる上はお父上の方へ……」
「何、釣れない以上は仕方ないな。俺の負けだ」
あんなにボクらが言っても聞かなかったのに、ローレンスさんに脅された後は潔く釣り竿を回収して負けを認めた。
忘れそうになるけど、クロイスは王族でもあるからお父上って……あの方だよね。
しかし、昨日苦しめられた二人に勝ったぞ!
その嬉しさで、にへらーと自然に頬が緩んでくる。
「すまない。負けてしまった」
「いえいえ、ハヤト様のあの顔を見たら、負けでもいいような気がします」
この喜び、やはり相方のイブさんに伝えるべきだろう。
「ようやく二人に勝てたよ! これもイブさんのおかげだよ!」
「ッ! そ、そんな抱きつかないでくださぃ……」
なぜか萎縮するイブさんと勝利の喜びを分かち合い、ボクらを乗せた船は陸へと帰還する。
「そういえば、何が書かれていたのでしょう?」
「ん。そうだな……ローレンスの許可を取ってくる」
伏せられた内容は、全員で見るということで許可が出たらしい。
操縦士は離れられないので、四人で集まって紙を囲む。
「じゃあ、ひっくり返すぞ?」
「何が書かれていても、ボクたちは関係ないけどね」
「そんなフラグを立てますと、あるいは……」
ピラ。
『ペア同士で寝ること』
え?
一瞬何が書いてあるかわからなかったので、もう一度裏返す。
「なあ、俺の見間違いじゃないよな?」
「ボクも見間違いだったらいいなーって」
「ローレンス様とは短いですが、まさかそんなお茶目な人なわけが」
「……これ、私たちが勝ってよかったのかしら」
それぞれがコメントをする中、今度はよく確認するためにゆっくりと。
『ペア同士で寝ること』
「おいローレンス! これはどういうことだ!」
「操縦中ですので邪魔しないでくださいな」
「くっ……それはそうだが、説明を要求する!」
クロイスがものすごい剣幕でローレンスさんの元へ向かったけど、残されたボクたちも深刻だ。
「……サラさんと、クロイスがってことだよね」
「私は気にしませんよ。ただの使用人風情に、クロイス様が何かなさるとは思いません……ハヤト様ならともかく」
「え、何て?」
「私も同感だけど、ちょっとまずいことになったわね。耳を貸してくれる?」
ボクにしか聞かせられない内緒話があるらしい。
気を遣ってか、サラさんもクロイスの元へ加勢しにいった。
……あの様子だと、ローレンスさんのほうに味方していそうだけど。
「ねえ」
「ひゃあっ!」
「ちょっと! 変な声出さないでよ!」
「そんな事言われたってぇ……」
内緒話だとはいえ、いきなり耳の近くで息を吹きかけられたんだ。
ボクじゃなくてもビックリするよ。
そう抗議したけど、過剰に反応しすぎと怒られた。
いつもなら大丈夫なんだけど、姉さんの身体だから……なの、かなあ。
「んん。とにかく、本来なら私かセシリア様とペアになるはずだったのよ? そして分岐点でもあるわ」
「分岐点? 何のこと?」
「それは……まあ、多少前後するとはいえ、貴方の運命が決まるといっても過言ではないわ」
「それ分岐点どころか、運命の分かれ道だよ!」
かつて姉さんがどうなるか聞いたことがあった。
チラっとだけ、消されると言われたけど……例え元の身体に戻っていたとしても、家族が消えるのを黙って見送るわけにはいかない。
「ど、どうしたらいいの?」
「落ち着きなさい。私かセシリア様のはずが、貴方のメイドよ? 何も起こらないんじゃないかしら……それはそれで問題だけど」
「ふぅ……よかった。なら安心だね」
「あの二人は今夜、口づけを交わすでしょうけど」
「ふぇ!」
イブさんが言うには、ペアを組んだ相手はそうなる運命らしい。
いやボクがそうなるなんて考えられないけど、もしクロイスとペアを組んで負けていたら……もしかして。
「貴方、想像でもしているの?」
「そそそ、そんなことないのだわ、ですわよ?」
「……わかりやすいわね」
多分ボクの顔は真っ赤に染まっていることだろう。
姉さんの身体だからって、勝手にするのは……いや、むしろ喜ばれるのでは?
でも体験するのはボクなわけで、クロイスもそのことは知っているわけで。
しかし、男とキスをするなんてゴメンだね!
「そういうイブさんはどうなのさ?」
「え? 私は何とも思わないわ。貴方は初心なのね」
「うわー」
大人がいる。前々から大人びているとは思ったけど、まさかそういうのも平気だなんて。
イブさんから見ればクロイスも子供みたいなものだろう。
「大人なんだね」
「当たり前よ。これでもアラサーに足を突っ込んだ二十……何でもないわ」
「アラサー?」
「忘れなさい」
中庭でみたような鋭い眼光に見つめられる。
……深く聞くのはやめておこう。
そしてもうすぐ陸に着くということで、やけに疲れた顔をしたクロイスとサラさんが戻ってきた。
「撤回は……しないらしい。あいつも頑固だからな。挙げ句には勝つと信じていたのに裏切られたと言われた」
「うわぁ……それはショックだね」
「殿下はそんなに私と寝るのがお嫌なのでしょうか?」
「いや、嫌とかではなくて……まずいだろ」
「私はウェルカムですよ?」
元の身体のボクに添い寝をしてくれた日もあった。
サラさんにとってはボクもクロイスも弟みたいな存在に違いない。
「ハヤト……お前はいいのか?」
「え? ボクは関係ないし、サラさんは優しいよ?」
「そ、そうか」
クロイスはさらに落ち込んだようだけど、何かあったのかな。
そして、もうひとりの当事者であるサラさんから、新たな爆弾が投下される。
「あ、ハヤト様とイブ様もペア同士ですよね? 一緒に就寝してはどうでしょうか?」
……何いっているの、このメイド?




