「と、いうわけなんだ」
家まではローレンスさんに馬車で送ってもらうことにした。
クロイスの家に着くと、打ち合わせしてあった通りに荷物も全て積み込まれてある。
「今すぐにでも出発できますよ」
「道中頼んだぞ」
暗くなってまた誘拐されそうになるわけにもいかない。
ローレンスさんが付いてくれるなら安心だろう。
「では、ありがとうございました」
「ああ。またいつでも来いよ」
「うん。今度はハヤトとして行くね」
姉さんが何度も出入りする噂を流すわけにも行かない。
クロイスは王族で、ボクらは一応男女の関係なんだから、そこはしっかりしないとね。
「ハヤト」
「え?」
「俺は別に、イブだから好きになったわけじゃないんだ」
「? それってどういう……」
「じゃ、またな」
それだけ言って、彼は扉の向こうへと消えた。
クロイスの言った意味をローレンスさんに尋ねてみても、ふんわりとした回答しか返ってこない。
ボクは悶々としつつも、いまは父さんのことを優先的に考える。
家に着いた。
ローレンスさんは既にいないし、いつもなら見かけるメイドさんたちもいない。
辺りはだんだんと暗くなってきている。
「……よし!」
姉さんの身体なので、軽く頬を叩いて歩き出す。
傷つけたら何を言われるかわからないしね。
そう気合を入れたボクを迎えてくれたのは、予想外の人物だった。
「ようやくか。遅かったな」
「父……さん?」
「待っていても歩いてこないからな。こちらから行こうかと思ったくらいだ」
横にはメイドさんが数人控えている。
何枚か紙束を抱えていることから、ボクを待ちながら仕事でもしていたのだろうか。
「呼びにきてくれてもよかったのに」
「そのことだけどな。ほれ」
父さんが指示を出すと、ボクの良く知ったメイド……サラさんが進み出て、お泊りセットを受け取ってくれる。
そのまま奥に引っ込んだかと思ったけど、サラさんはさっきの倍以上はある荷物を抱えて戻ってきた。
「え?」
「でかしたぞ。幸いにも明日は休みだ。また泊まってくるといい」
「え……え?」
「今回はサラもつける。向こうでのお前の世話を頼んであるからな。くれぐれも迷惑をかけるんじゃないぞ」
状況についていけないけど、つまりどういうこと?
「馬車までは用意できなかったからな。念の為あの方を連れていくといい」
「爺やのこと? えー……」
最近は社交界の勉強で忙しいのに、以前と同じようにボクへと構ってくる爺やだ。
剣技なら姉さんに教えればいいのに、ボクのほうばかり……正直、相手をするのが面倒になってきたくらい。
そんなことを思っていると、近くの部屋から何か倒れる音がした。
メイドさんが確認のために向かったけど、すぐに戻ってきたから何もなかったんだよね?
「そんなことを言うな、腕はたしかだ。離れているように頼めばいいだろ」
「あっ、それもそうだね。でも、ボクが行くのは決定?」
「……帰ってきたら、お前の望む情報をやろう」
「それってつまり、教えてくれるってこと?」
ある程度の検討はついているけど、入手方法や噂の真偽は全くもってわからない。
けど、それらの事はクロイスの家に泊まるだけで教えてくれるそうだ。
こんなに条件が良いと逆に怖くなってくるのは、ボクが小心者だからだろうか。
「もっとも、時期がくるまではどうしようもないがな」
「……満月の夜」
「何?」
「ですよね? ちょうど過ぎちゃったし、次は二週間後かな」
「お前……どこでそれを」
「父さんの仕事内容と、材料の入手。あとは……婚約解消までは諦めるけど、ボクのお相手についても話してもらうからね」
父さんが動揺しているうちに、次々とこちらの要望を伝える。
しばらく悩んでいたみたいだけど、最後にはボクの要求全てに首を縦に振ってくれた。
「じゃあ、行くけど……本当に大丈夫かな?」
「安心しろ。護衛には念のためメイド長も同行させる」
「あ、なら安心だね。サラさん、用意は二人分……大丈夫だね。ではいってきます」
「あ、ああ」
爺やはともかく、あの鬼……じゃなかった、先生もいるなら安心できる。
出ていく直前、姉さんが心配そうにこちらを見ていたのが、やけに気になった。
「と、いうわけなんだ」
「いつでも来いとは言ったが、その日のうちはないだろ……」
いきなり押しかけたわけだけど、クロイスは文句を言っても泊めてはくれるらしい。
今回はサラさんもいるわけだけど、むしろローレンスさんは助かったというような表情をしていた。
「仮にもお嬢様の身のお世話をするわけには参りませんから」
「えー、気にしなくてもいいのに」
「ハヤト様は気にしてください」
サラさんには二人にバレていることは伝えてある。
やっぱりというような呆れ顔だったけど、逆に時間の問題だとは思っていたみたい。
それ、ボクが隠し通せるって思っていなかったんだよね?
そんなサラさんも、初めてのクロイス家。他所の家に緊張しているのがボクにまで伝わってくる。
「ふふー。明日は休みだし、夜通しゲームでもやろうか?」
「……お前は自覚しろ」
「自覚してください」
「おやおや、殿下も大変ですな」
揃いも揃ってボクを攻めるけど、事情を知っている人の前くらい自然体でいさせてよ!
……ボクの抗議は、その場にいた全員に却下された。




