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「だって貴方、月が綺麗ですねって」

 

 お昼休みには彼女は一人、どこかへ行ってしまう。

 ついひと月前までは見慣れた光景だったのに、目の前に彼女が来ないと寂しくなってしまう。


 彼女が向かう場所は、あの場所しかない。


「……見つけたよ」

「………………」

「そこにいるのはわかっているんだからね。ここ座るよ?」


 返事も待たず、芝生の上に腰を下ろす。

 茂みを挟んだ背中越しに彼女はいるはずだ。


「………………」

「………………」

「……あのね。昨日のボクは冷静じゃなかったんだ。今更後悔しても遅いけど、ボクの行動でイブさんを傷つけた」

「………………」

「だから、その。ねぇ? 何か、言ってよぉ……」


 彼女は相当怒っているらしい。

 いつまでも反応をくれない彼女に、おそるおそる振り返ってみる。

 茂みの向こうには……誰も、いなかった。


「……え?」


 誰かいた痕跡すらない。

 近くに隠れているのかと探してみるも、どうやら周辺にはいないらしい。

 と、その時。誰かが近づいていく足音が聞こえた。


「貴方、そんな格好で何やっているの?」

「あっ、イブさん!」


 声で誰かは判明したけど、今のボクは茂みの奥まで頭を突っ込んでいる。

 姉さんの髪を傷つけないように注意しつつ、後ろへゆっくりと這い出る。


「……ふぅ。イブさんを探していたんだよ。昨日のことで」

「お尻をフリフリして、一等賞でも取ったつもりだったのかしら? あまりの衝撃に話しかけてしまったじゃないの」


 始めは無視するつもりだったらしいけど、ボクの行動が彼女を無事引き止めたみたい。

 言っている意味はわからなかったけど、必死の捜索が功を奏したのかな?


「えと……あのね。昨日のことなんだけど」

「何よ」

「昨日はちょっと、心の整理ができてなくて……」

「ハッキリしないわね」


 さっきはスムーズに言えたのに、いざ本人を前にすると言葉が出てこない。

 何を伝えたかったんだっけ。


「だから。あれは本心だけど、本心じゃなくて」

「……用がないなら行くわね」

「月が綺麗な日! 家族! 二人で食事!」

「え?」


 咄嗟に口から出たのは、謝罪でもなくキーワードだった。

 一瞬しまったと思ったのだけど、彼女は見る見る顔を赤くしていく。


「貴方……意味、わかっているの?」

「え? うん。お互いに苦労を分かち合うんでしょ? タイミングはあるけど」

「そ、そうね。行く行くはそうなるわね。それに、まだ数々のイベントも残っているし、今すぐは厳しいわ」

「んん? そうだね。しかし驚いたな、イブさんもそこまでたどり着いていたんだね」


 こっちはローレンスさんという存在があって初めて知ったのに、彼女は文献からそこまで到着したようだ。


「よく本が見つかったね」

「見つかる? こちらでは有名な話しだけど、勿論やり直してくれるのでしょう?」

「やり直す? 再確認が必要なの?」

「当たり前でしょ? 元に戻ったらハヤト様が自身の身体で、私に愛している……ってもう一回」

「ええっ! ボクそんなこと言っていないよ!」


 さっきから何かズレてるとは思ったけど、どうして愛しているなんて言葉に変換されちゃったのだろう。

 そんなおかしな言葉は言っていないよね?


「だって貴方、月が綺麗ですねって」

「んん?」

「……それに二人っきりで食事をして、家族になろうって」

「ボクそんなこと言ってないよ?」

「じゃ、じゃあ! さっきのはどういう意味だったのよ!!」


 イブさんは双子である誰かさんのように肩をガクガクと揺らしてくる。

 その顔は真っ赤に染まったままだ。


「ボクはっ! まんげっ……つの日に! 家族で霊草をっ! って……やめっ……これ以上はっ!」


 彼女はハッと我に返り、ようやく解放してくれた。

 さっきまでのシェイクに身体が耐えきれず、芝生の上で四つん這いになる。


「はぁ……はぁ……」

「つまり、何か情報が見つかったのね?」


 ボクが息を整えているのもお構い無しで、イブさんは次々と推論を立てていく。


「満月の夜に血族で霊草を食す。そうするとお互いに入れ替わる可能性があるって誰かに聞いたのね?」

「そ、そうだけど……くるし」

「さっきの出来事は忘れなさい」


 イブさんはしゃがんで、ボクの顎をクイってしたけど、すぐに興味を失ったように立ち上がった。

 そのまま歩いていくところを見ると、ボクは放置されるみたい。


「けど、どうして愛しているなんて……ヒッ」

「忘れなさい。わかったかしら?」


 離れていたイブさんが、一瞬で目の前まで戻ってきた。

 その意味不明な速さが恐ろしく、コクコクと頷くことしかできない。

 ……今度こそ、イブさんは立ち去っていった。


 最後まで彼女の顔は真っ赤だったけど、ボクはしばらく四つん這いの姿勢から動くことが出来なかった。




 その後教室へ戻ると、クロイスの姿が目に入った。

 今は誰も近くにいないみたいだけど、念の為姉さんとして話しかける。


「もし、クロイス様。月が綺麗ですね」

「急にどうしました? 今は昼間ですよ」


 ボクたちのやり取りに、一人だけガタッと反応したけど、その人物は何事もなかったかのように席へと座り直す。

 周りは不思議そうにしていたけど、すぐに興味をなくす。


 やっぱり、おかしいのはイブさんだよね。


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