「あはは。後悔も何も、元に戻るだけで大げさな」
一通り話は終わったらしく、ローレンスさんはカップを置いてフゥと一息ついた。
「確証はありません。ただ、条件は一致しませんか?」
「満月かまでは覚えていないけど、葉っぱ? みたいなものは何枚も食べたね。そういえばボクと姉さんの二人っきりで食べたかな」
「もしかすると、それが霊草かもしれませんね」
もしそうなら、過去の事例と霊草について。
あとは当時の文章が残っているか調べないと。
「早速イブさんに話して……あっ」
あんな態度を取ってしまった以上、彼女とは顔を合わせづらいや。
でもイブさんの知識も欲しい。
「うぅ~」
「……お前は、どうしてこう」
ボクが頭を抱えて唸っていると、呆れ顔をしたクロイスが立っていた。
気づかないうちに話し込んでしまったみたい。
「あ、クロイス。どうかした?」
「……やっぱりお前、セシリア嬢のフリをしたままのほうがいいんじゃないか?」
「さっきと言っていることが違うよ!」
「だってな。その姿で急に変わられても……まあ、納得しているならいいが」
「安心してよ。こんな態度を見せるのは、家族以外ではクロイスだけだよ……あ、イブさんもかな」
ボクの言葉にクロイスはかたまった。
そういえばイブさんのことは言っていなかったっけ。
「イブさんにはこの前バレちゃった。あの中庭の一件があったときかな」
「最近やけに仲良くしていると思えば、彼女は知っていたのか。でもちょっと待て。あの日の後に事件があったなら、セシリア嬢が襲われたはず……」
「あーっと! その後に姉さんを訪ねてきて、ボクが対応したらバレたんだよ。イブさんは勘が鋭いからね」
ボクの親友はイブさんに関わることなら些細な出来事も覚えている。
去年はそれを軽く流していたのだけど、その出来事が自分に関わってくるとなると軽く引ける。
仮にも王子だよね?
これ以上の追及を受ける前に話題を変えることにする。
「えと、いまローレンスさんと話して重要な事実が判明したんだけど、それをイブさんに相談するか迷っているんだ。彼女は事情を知っているから」
「でも今日は揉めていただろ」
「そ、そうだね。今日やらかしちゃったせいで、話しかけにくいからどうしようかなーって」
「何にせよ、明日も学園はある。ガイアルみたいな失敗は困るが、ある程度はフォローしてやろう」
ボクの家にもローレンスさんが連絡を入れてくれたし、原因について手がかりも見つけた。
イブさんと顔を合わせるのは憂鬱だけど、ボクがやらかしたことなら責任はとらないと。
「うん、ありがと。頼りにしてるね」
「……ああ。任せて、おけ」
クロイスはフラつきながらも、壁に手をついて退室しようとする。
ボクとローレンスさんはその姿を見守っていたけど、ふと思い出した。
「クロイス」
「何だ?」
「おやすみっ!」
「……ああ」
泊まるときはいつもしていたことだ。
このやり取りがないと、あとで部屋に忍び込んで遊ぶという合図でもある。
……さすがに、姉さんの身体で夜更かしはまずいよね。
お礼を言って部屋に戻ろうとすると、背中に声がかけられた。
「最後に。一つ伝えておきましょう」
「何ですか?」
「霊草というものは、そのような噂もあってか簡単に手に入りません。どうか、後悔しない選択を」
「あはは。後悔も何も、元に戻るだけで大げさな」
それだけ伝えて部屋に戻る。
今までどおりの生活に戻るだけなのに、後悔もないと思うけど。
ローレンスさんは心配性だなー。
次の日はクロイスの宣言通り、別々で行くことになった。
驚くことに、ボクが起きたのはクロイスが出ていった後だった。
「あの、いつもクロイスはこんな時間に?」
「いいえ。何でもやる事があるそうですよ」
泊まった翌日は一緒に登校していたけど、昨日釘をさされてもいたし仕方ないかな。
準備を整え、一人で向かう。
何人かは、ボクがいつもと違う方向から現れたのを気にしているようだったけど、近くに誰もいないのでチラチラ見るだけだ。
そのまま知り合いとは合わずに教室へたどり着く。
あれ? イブさんはいつものことだけど、先に出たはずのクロイスもいない。
不思議に思いつつも席に着くと、待ってましたといわんばかりに女性が近づいてくる。
「あら。昨日はどうなされたのですか? あの庶民にも断られ、まさか知らない人の家にでも転がりこんだのかしら?」
「……えーと」
「フフ。私の元へ懇願するなら、一晩くらいは泊めてあげましたのに。きちんと屋根があるなのは保障しましょう」
おーっほっほとでも笑い声が聞こえてきそうだ。
屋根があるって、馬小屋とか言いたいのかな?
それ以前に一つ、問題がある。
「ごめんなさい。どなた?」
「なっ!?」
いつも親衛隊を名乗っている彼女達でもないし、かといって姉さんの知り合いぽくもない。
それ以外の女性で知り合いなんて……イブさんくらいしかいないや。
「……きょ、今日はこれくらいでいいでしょう。もし泊まる場所を悩んでいるなら、私の元へ来なさい」
「知らない人の家に、転がりこむわけにはいきませんわ」
「あ、あなたっ!!」
「あっ、イブさん」
彼女は何か言いたそうだったけど、イブさんの姿が見えたので後回しだ。
ボクが席を立って近付くと、すぐに教室を出ていってしまった。
立ち尽くすボクと、よくわからない彼女。
やることもなくなったので席へ戻る。
「で、何か用でしょうか?」
「キッ! …………」
何故か睨まれ、そのまま立ち去っていった。
後で知ったけど、彼女はオリーブさんというらしい。
一部始終を見ていた親衛隊の子が教えてくれた。
へー。
あの日でダウンしているボクに絡んできた女性だったよね。
でもボクは、そんなことよりイブさんにどう謝るかで頭がいっぱいだった。




