この子、目的忘れていないかしら?
セシリア視点
◇◇◇◇
私の進展がないからって、何もハヤトをけしかけなくても良いのに!
せっかちなお父様に身体を入れ替えられた私達は、二週間という短期間にそれぞれ紳士淑女の振る舞いを叩き込まれた。
といっても、私の場合はそんなに厳しくはなかったのだけど。
ただ、実技である剣技や芸術といった類の技能は身につけるのに苦労した。
礼儀作法しか求められない貴族社会で、そんなことやっていられますか!
でも、ハヤトにしろ、お父様にしろ、男性は見栄を張られるとのこと。
その見栄を張れるために、私も頑張らなければ。
ただただ、毎日疲れるだけの二週間が過ぎました。
本来ならお茶会やパーティなどで交流するはずが、どうしてこんな日々になってしまったのでしょう。
久々に目にした弟は、悔しいくらいに可愛くなっていました。
再会した時、これが私の身体? と疑うくらいに。
「アンタ、実はこんなに大変なことをこなしていたのね……」
「姉さんこそ、女の子って大変だね……」
ふふふ、女社会の怖さを思い知りなさい。
私からしたらハヤトも遊び歩いているだけでしたが、裏ではこのように鍛錬や技術を磨いていたのですね。
慣れた手つきでスカートをヒラリとさせるハヤト。
この子、目的忘れていないかしら?
「いい? アンタはクロイス様とどうにかして近づくの……ぼ、僕は友人として接するようにするからさ」
「わ、わかったけど、同じクラスに成れるかどうかだね」
去年は惜しくも別のクラスになってしまった。
これも双子を同じクラスにしないようにという配慮のせいだわ!
今年こそはクロイス様と一緒だといいけど……ああでも、ハヤトとしてなら男友達としてお遊びもできるのかしら!
期待に胸を膨らませていましたが、それは学校へ着いた途端に吹き飛びました。
いきなり目の前にクロイス様が! しかも肩まで組んで!
「えぇぇ!! ハヤ……姉さん助けてっ!」
咄嗟に助けを求めましたが、ハヤトは暖かく見守るだけでした。
クラスはクロイス様と別でしたが、あの時間だけは幸せでした。
このクラスに知り合いは……私の派閥の者が何人かいますね。
早速交流を持ちましょう。
「ケリーさん。今年もよろしくね」
「え? あ、貴方は……ハヤト様ですね。セシリア様の弟さんの」
「あ」
そういえば、彼女とハヤトは交流がなかった気がします。
……いえ、お父様は私に好き勝手して良い自由を与えてくれました。
なら、このクラスで派閥の再結成でもしてみましょう。
「そ、そうだよ。姉さんから話は聞いている。あれからペットの様子はどうだい?」
「うふふ、そんなことまでお話になるなんて、仲がよろしいのですね。セシリア様にも話す予定でしたが、アレ以降はすっかり元気になって……」
「そういや、ナナリーさん。この前の紅茶ありがとう……て、姉さんが言っていたよ。僕も頂いたけど、凄く美味しかったよ」
「まあ! 光栄ですわ! もうすぐ違う茶葉が手に入りますの。その際はお二人で飲めるように……」
よし、クラスでの掴みは大丈夫ですね。
彼女たちの喜びそうな話題は掴んである。なんたって一年間も一緒にいたのだから。
ま……女心はわかっても、クロイス様は落とせないのよね。
午前中だけで授業も終わり、さてどうするかと悩んでいたらハヤトが来た。
「用事はある? 無いならすぐに帰ろ?」
「え? ああ、うん」
仲良くなった彼女たち……といっても、私の派閥の女子達とお茶会でもしようかと思っていたのだけど。
まあ初日でお互いに確認したいこともあるし、ちょうどいいわね。
帰る時、通路に立ったままのクロイス様が気になったのだけど、ハヤトは会わなかったのかしら?
夜に派閥のことを聞かれた。
ハヤトは私の派閥を引き継ぐ気はないらしい。
まあ、それはもうどうでもいいわ。私は新しい派閥を作るのだから!
「イブさん? ああ、あの女ね。クロイス様が気にしていらっしゃるけど、あの女はどの派閥にも属していないの……だ」
「そっか」
やけにハヤトは、イブという女のことを気にする。
もしかしてこの子、彼女に惚れていたのかしら?
なら、悪い事をしたわね。
「じゃあ、秋頃ににイブさんが泣いていたのは?」
悪い事の核心を突かれた。
正当な理由……はなく、ただの嫌がらせ。
でも、何て説明しようかしら。
返答に悩んでいたら、そのままハヤトは怒って自室に戻ってしまった。
さすが双子の弟。考えもお見通しというわけですか。
――でも私は、彼女を踏み台にしようとして失敗したのですよ。
次の日。
何て説明しようと悩んでいたら、ハヤトの部屋から緊急要請が届いた。
……そういえば、そんな時期だったわね。
比較的軽いほうなのだけど、初めてのハヤトには荷が重かったかしら?
私なら絶対に見せないような表情を浮かべながら、フラフラとした足取りで後ろを付いてくる。
そして私が、クロイス様! と思ったのもつかの間。
ハヤトがクロイス様に寄りかかった。
「きゃっ、ちょ! 大丈夫……姉さん」
叫びたいのと、よくやった! と言いたいのを我慢して、そのまま医務室へと送り届けたのだけど……その後、クロイス様と二人っきりになった。
「なあハヤト……俺がおかしいのかもしれないが聞いてくれ」
「ど、どうかした?」
「お前の姉さん、まるで別人だ」
まさかバレたの!
「……色っぽすぎるだろ。休みの間に何があったんだよチクチョウ」
「……………………」
悔しいのは、弟に色気で負けたこっちよ!