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「その、入れ替えた手段に心当たりがあります」

 

 いつまでも汚れたままでいるわけにはいかないので、クロイスよりも先にお風呂へ入らせてもらう。

 ローレンスさんは散らかった机を見て、クロイスに文句を言っていた。


 この家のお風呂は初めて借りたけど、男二人にしては綺麗な浴室だ。

 これも日々ローレンスさんが清掃してくれているのだろう。


「これ……使っていいんだよね」


 さすが王族とでもいうのか、石鹸一つで高級そうな香りがしてくる。

 置いてあるのはこれしかないし、後で文句は言われないよね。


 泡立ちやキメの細かさは違うみたいだけど、ボクにわかるのはそれまでだった。

 心なしか肌がいつも以上にスベスベしている?

 ……ま、悪い影響はないみたいだし、姉さんの身体なら気にすることでもないか。


 お風呂上がりに苦労するのは、この無駄に長い髪だ。

 いつもはメイドさんにやってもらうけど、ここでは一房ずつ自分で水分を取らないといけない。

 男だったときは綺麗だな、と眺めていたけど、その美しさも日々のたゆまぬ努力の結晶だったと身を持って知った。


「……よし」


 女性として恥ずかしくない格好には整った。

 例えクロイスが相手でも、身だしなみくらいはしっかりしないとね。


「お待たせしました。お風呂、ありがとうございます」

「ああ。何だ? 今からはセシリアモードか」

「あっ、つい。石鹸使わせてもらったけど、よかったんだよね?」

「当たり前だろ…………しかし、不思議なもんだな」

「何が?」

「セシリア嬢から、俺の嗅ぎ慣れた香りがする」


 クロイスが近づいてきて、目の前で鼻をスンスンとならす。

 さらには、ボクの腰まで届きそうな金髪を一房掬い上げた。


 あまりにもな出来事に、ボクは身動き一つできない。


「……いい香りだ」

「あ、あの? クロイス?」

「っ!! すまない。俺も湯浴みに向かおう」


 ボクの困惑ぶりが伝わったのだろう。

 クロイスはハッと我に返った様子でスタスタと立ち去ってしまった。

 ……浴室とは、別方向に。


 ボクはいま、クロイスに何をされた?

 自覚すると同時に、だんだんと身体が熱くなっていくのを感じる。

 ……あんなに攻めてくるなんて。中身がボクだって忘れたにしては、姉さんに対する態度でもなかった気がする。


 扉の近くで立っていたのがいけなかったのだろう。

 悶々としていると、後ろから急に声をかけられた。


「もし」

「うひゃあ!」

「……驚かせてしまいすみません。よろしければ、お茶でもいかがですか?」

「あ、ローレンスさんでしたか。では、お願いできますか?」

「畏まりました」


 ローレンスさんともそこそこの付き合いだ。

 ボクを安心させようと気を遣ってくれているのが分かる。

 それに、クロイスが一番信用を置く人物だ。彼にだけ黙っておく選択肢はないよね。


 お互い席へ着いたこと確認し、ポツリポツリと話し出す。

 ボクがハヤトだと伝えたときは大層驚いていたけど、人生経験が違うからかすぐに信じてくれた。

 あっけなさすぎて、逆にボクのほうが拍子抜けしたくらいだ。


「ローレンスさんは、ボクの出まかせだとは思わないのですね」

「ええ。セシリア様という方には会ったことがありませんが、いまのお姿もハヤト様の面影があります」

「たしかに双子だけど、そんなに似ているかな?」

「顔の輪郭や、目の位置でしょうか。あるいは、ハヤト様だと判明したのでそう見えるだけかもしれませんね」

「ははは、そうかもね」


 まったく、ローレンスさんも冗談が上手いや。

 やっぱりここは、ボクの家より心地良い。


「ところで、先程のお話ですが……気になったことが一点」

「ギクッ! な、何かおかしいかな?」


 クロイスにしたのと同じ説明だったけど、もしかして隠していることがバレた?

 学園のことはあまり知らないはずだけど。


「その、入れ替えた手段に心当たりがあります」

「ほんとっ! ぜひ教えて!!」


 図書館でいくら調べても、イブさんと二人で文献を漁ってもわからなかったのに。

 まさかこんなところで情報に出会えるとはね。


「私も随分と昔に、噂で聞いただけですが……『月が満ちる夜、一族の血を引く者同士で霊草を食すべき。さすれば苦悩も共有される』と。当時は意味もわかりませんでしたが、とある満月の夜を過ぎた頃、事件がありました」

「事件、ですか?」

「私の目から見ても、暴虐の限りを働いていた王子……一番下の子ですが、憑き物が落ちたかのように聡明な子へ変化したのです」


 人々は、狼男に取り憑かれていたのだろうと噂した。

 それからの王子は、悪評を覆すほどの善行を行い、被害を被った人々にも認められるほどの人格者となったらしい。


「それって、ボクたちと関係あるの?」

「……同じ時期でした。第二王女であったまだ幼い姫が誘拐されたのは。驚くことに、王は捜索をすぐに止めました。理由は伝わってきませんでしたが、それが異常なことなのは明らかです

「ちょっとまって。まさか」

「……それ以降ですね。かのような文が貼り出されたのは」


 その意味不明な文章は、人が集まりそうな場所にあちこち貼られたらしい。

 誰が張り出したのかも不明。書かれている意味も不明。


 しかし、その不気味さとタイミングが一つの事柄を暗示している。

 まるで王子は、人が変わったようだと。

 そして同じ血を引く姫が一人、行方不明になった。


 人々は好き勝手に想像する。

 それが突拍子もない事であっても。

 王は姫と王子を入れ替え、厄介者を処分したのではないか、と。


「三十年以上前のことなので、貴方の父上なら知っていてもおかしくはないでしょう」

「もしかしてその事件。父さんも関係者なのかな?」


 今聞いた話は、どんなに文献をあさっても出てこなかった情報だ。

 そして、似たような状況に置かれたボクと姉さん。


 思えば父さんの仕事も、行動もボクらに内緒のことが多い。

 ……父さんは、本当に信用できるのだろうか。


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