「……私を、一晩泊めてください!!」
主人公は迷走中です。
解決までにモヤモヤする展開かもしれません。
どうやら姉さんは了承済みらしい。
「え、ボクの許可は?」
「……残念だけど」
「本人がいない間に勝手に進めるなんて酷いよ!」
「理由もあるが、それでエニフ家への借りがチャラになったんだ。向こうからは建前だけで良いとも言われている。それでも不満か?」
「はい。せめてボクに一言あっても良かったと思います」
そんなの、元の身体に戻さないって言っているのと同じだ。
そろそろボクの扱い方にウンザリしてきた。
……時間を見る。今からじゃ厳しいかな。
「この際だからハッキリ言う。本当に婚約させるつもりはない」
「え? そうなの」
「向こうからも言われたわ。周囲の人間にはフリってことを伝えるし、領民にさえ婚約者がいると伝われば良いってさ」
「それって、姉さんで務まるの?」
「あら? ハヤトは自分に自信が……ないのかな」
たしかにそのとおりだけど!
図星をつかれると痛い。
「とにかく、これは決定事項だ。婚約者への対応はセシリアに一任しているが……ハヤトはそれでも戻りたいか?」
「っっ! 当たり前です!」
「そうか。ではフォーハウト家の令嬢と仲良くやってくれ」
フォーハウト家? 何処かで聞いたことがある名前だ。
姉さんのクラスにいたはずだけど、誰のことだろう。
「それは……会ってみないとわかりませんけど」
「アンタも知っている顔だけど、それはお楽しみにしておきましょう」
何か姉さんと父さんがグルだから、釈然としない。
ま、ボクはもう決めたんだ。
後は明日の準備と、姉さんに気付かれないように行動しないと。
翌日。
ボクは枕の下に紙を置いて家を出る。
庭の側を確認。ちゃんと置いてあるね、ヨシ!
姉さんが起きる時間に出たので、荷物が多いことにも気づかれることなく学園までたどり着く。
そして、静かに彼女が来るのを待った。
「イーブさん!」
「ひゃ! セシリア……様? おはようございます」
彼女は寝不足なのか、こちらを不機嫌そうに睨んでくる。
ボクもそこそこ長い付き合いだ。
彼女は今「いきなり話しかけてこないでよ。驚いたじゃないの」と言いたいのだと思う。
ま、周りの目が気になって言えないみたいだけど。
「相談があるんだけど」
「今更何を……散々相談には乗ってますけど」
「しばらく泊めて♪」
「却下です!!」
ボクが両手を合わせて懇願したのに、教室中に響き渡る声で却下された。
なんかデジャヴを感じるな。
「こっちも色々と事情があって」
「そもそも女子寮ですよ? 同じ学園生なら一泊は許されていますが、貴方はその……」
「大丈夫、色々と気をつけるから。あ、ボクも女性には慣れちゃったから気にしなくていいよ」
「な、な……」
「さすがに一緒のベッドは無理だけど、布団くらいは貸してくれると嬉しいかな。あと、イブさんが望むならメイドさんと鍛えたガールズトークを……」
「……んなの……」
「え?」
「そんなの、貴方じゃない!」
イブさんはそのまま教室を出ていってしまった。
ポカーンとしたままのボクと、見守っていたクラスメイトが残される。
……ちょっとグイグイ行き過ぎたかな?
結局、鐘が鳴ってもイブさんは戻ってこなかった。
その後しばらくして戻ってきたけど、その日はボクと話さず、目も合わせてくれなかった。
「てなわけで、来ちゃった」
「……誰だお前」
「酷いです。私を忘れてしまったの?」
目の前にはガイアルがいる。
イブさんが泊めてくれないなら、安心と実績のガイアルだ。
あのメイドさんは苦手だけど、彼なら大丈夫だよね?
「おいおい、この短期間で何があったんだ」
「えーと、色々?」
「他を当たってくれ」
そのままスタスタと立ち去ろうとする。
しかし、これを逃せばあの家に帰ることになる!
「頼みます。他の方は頼れないのです!」
「……兄貴なら了承してくれるだろう」
「あー……ソウデスネ。それは、その……そうなったら家に帰ります」
元々父さんと姉さんに反発したいだけだ。
つまり、ただのプチ家出。
クロイスの家になら何度か泊まったことがあるけど、さすがに姉さんの身体のボクは入れてくれないだろう。
「第一、お前のところはウチに借りを返済したと聞いたぞ。また作ってどうするんだ」
「ぐっ……それは、その。またメイドとして働きますので」
「ハン、いらんな」
取り付く島もない。
あれ、ボクってガイアルに好意を持たれていたはずだけど。
「じゃ、じゃあ! どうしたら泊めてくれますか?」
「……本当のお前を見せろ」
「え?」
「今のお前は妙に女々しい。というか、見ていて違和感だらけだ。俺を負かしたセシリアではない、別の誰かだ」
「それってもしかして」
「……不愉快だ。消えろ」
それだけ言い残し、ガイアルも去っていった。
……今日のボクを振り返ってみる。
まず、イブさんには同じ部屋に泊めてほしいと頼んだ。
女の子同士なので大丈夫だろう、という考えだ。
そこに、ボクのことを理解してくれるから、きっと大丈夫だろうという甘えもあったと思う。
結果、イブさんの理想だったハヤトを傷つけた。ボク自身が。
次にガイアルだ。
彼の好意を利用して、また頼ろうとした。
父さんと姉さんのやり方に反発したのに、借りを上乗せする感じで。
まるでボクじゃないような媚びる態度を取ったのは認めよう。
……思い出したら急に恥ずかしくなってきたけど、それでガイアルの理想も壊した。
要するに、ボクは自分のことしか考えていなかった。
婚約者を勝手に決められたからって、ボクの行動で友人たちを傷つけた。
……家族にボクのことを考えて欲しい、それだけのために。
やっちゃったな。
父さんや姉さんじゃなく、ボクが一番自分勝手な人間だった。
今頃はメイドさんがメイキング中に手紙を見つけた頃だろう。
姉さんには何も言ってない。今日はお茶会に参加すると言っていたから、帰りはボクのほうが早いだろう。
……あの手紙を見て、少しは考えてくれると嬉しいけど。
トボトボと下を向いて歩いていると、目の前に人が立っていたらしい。
ぶつかりそうになったので顔を上げる。
「セシリア嬢、どうしました? 随分と落ち込んでいるようですが……」
「……私を、一晩泊めてください!!」
自分からクロイスの胸に飛び込む。
その胸板は不思議と安心でき、ボクの鼓動よりもクロイスの鼓動の音が何故か大きく聞こえた。




