「……それって、本当に恐怖症なのかしら?」
あれから何週間か経過したけど、ボクの男性恐怖症は完治していない。
交流のない男性はともかく、とある人物には迷惑をかけてしまっている。
「でね、爺やってばあきらめずに近づいてくるんだよ。その姿がまた怖くて、近寄らないでって言っているのに」
「……まあ、もう少しの辛抱じゃない? 別に怯えはないんでしょ」
「そうだけどさ。あれ、爺やもイブさんの知る未来にでてきたの?」
「え? 全く」
「だよねー。なら無理しなくてもいっか」
教室ではほとんどイブさんとしか話さなくなった。
たまに授業を休む時も彼女にノートを見せてもらうし、放課後もお部屋にお邪魔してこれからの方針を話したりもしている。
親衛隊だという人に頼りっぱなしも悪いからね。
「そういえば、貴方のお父様のことなのだけど」
「え? 何かな」
「元に戻してくれるのでしょ? どうして戻っていないのよ」
あの時は戻してくれると言っていたけど、ボクがメイドとして働きだしてから有耶無耶にされてしまった。
実はあの後、一回だけ頼んでみたのだけど時期を過ぎたと言われた。
どういう意味だったんだろ?
「多分、忘れられているんじゃないかな」
「貴方、戻りたくないのかしら?」
「まさか! 今日帰ったらまた聞いてみるよ」
「……はぁ」
イブさんは嫌な顔をするけど、ボクの話は真面目に聞いてくれる。
もうバレているから下手に取り繕わなくて良いし、彼女は一番話しやすい相手かな?
そのまま話し続けていると、横から誰かに話しかけられたので会話をストップする。
「あ、あの! セシリア様っ!」
「はい? あら、あなたはこの前ノートを貸してくださった……」
「はい。あれ以降の要点をまとめたものがこちらになります! 再度お納めください!」
「いえ、前回の分はイブさんにお願いしてありますわ。なのでお気になさらずとも結構ですよ」
最近は授業にも出ているし、貸してって頼んでいないのに変だな。
少し疑問には思ったけど、気を取り直してイブさんに話しかける。
「でねー、サラさんの話はしたっけ? ボクの専属にサラさんってメイドがいるんだけど」
「……彼女が不憫ね」
「? サラさんのこと?」
「何でもないわ。続けて頂戴」
横にいた女子はそのまま立ち尽くしていたけど、イブさんが何か仕草をすると立ち去った。
最近は同じように話しかけられることが多いけど、ボクってそんなに授業に出ていないイメージなのかな。
一日も終わり、姉さんと帰ろうと教室を出るとクロイスに鉢合わせた。
「……っと」
「セシリア嬢、大丈夫ですか?」
一瞬触れそうなほどに近づいたけど、すぐにお互い距離を取る。
最近は手を差し伸べられることもない。
「……はい。失礼しました」
「今日はハヤトと帰ろうと思ったのですが、セシリア嬢が一緒なら遠慮しましょう」
「っ! そ、そうですか……また次の機会に、弟を誘ってくださいな」
「そうですね。貴方もいつかまた、俺の胸に飛び込んできてくださいね」
「誰がそんなっ! いえ、はい……」
クロイスとは、まだギクシャクした関係が続いている。
……ボクが怯えてしまう、唯一の男性だ。
こうして時折近づいてはいるのだけど、その度に身体の震えが酷くなるのですぐに離れてしまう。
クロイスもそんなボクに気づいているのか、無理に誘ったり向こうから近づいてくることはない。
そんな、近づいては離れてという日々が続いている。
ボクはその場から動かず、去っていくクロイスを見送る。
「……ちょっと。またクロイス様と帰るチャンスがなくなったの?」
「は、ハヤト。迎えに来てくれたの?」
後ろから声をかけてきたのは姉さんだった。
姉さんも来るのがもう少し早かったら、クロイスと一緒に帰れたのに。
もちろん、ボクは抜けるけど。
「まだダメなの?」
「そ、そうだね。どうしても顔を直視できないや」
「……それって、本当に恐怖症なのかしら?」
「何か言った?」
「いいえ。この際だから父様の意見も貰いましょう。向こうから話もあるみたいだし」
「あ、そうだったね。ボクも……私も聞きたいことがありますの。早く帰りましょう?」
「全く、私と手を繋ぐのには抵抗がなくなったのに、ね」
食卓には、食事が綺麗に用意されてあった。
父さんは食事中に話すことはしない。
何も言わないところを見ると、どうやら食べ終わってからゆっくりと話すつもりらしい。
ボクと姉さんは無言で用意された食事を片付ける。
いつもの風景だ。この家では何もおかしくはない。
……ただ、イブさんと食事した風景が鮮明に思い出された。
食器も片付けられ、テーブルには家族三人、そして周囲には使用人さんたちが待機している。
まずは現状として、ボクの症状がどこまで改善したかの確認だ。
「ということで、まだクロイスと近付くことは避けています」
「そうか。もう第二王子のことは諦めるか」
「そうだね。ハヤトじゃなくて、元通り私が迫ったほうが、可能性は高い気がするよ」
「うぅ……出来るなら、そうしてよ」
これでも近付こうと努力はしている。
しているけど、クロイスのほうも察して身を引いてくれるので、なかなか進展しないのが現状だ。
ふと、イブさんの言っていた案が気になってきた。
「そういえば父さん。ボクたちを元に戻してくれるって言ったよね?」
「ああ。そんなことを言ったな」
「いまのボクじゃ役に立たないし、今こそ元に戻してよ!」
「そうだな。時期がきたらな」
また時期がきたら、だ。
本当はそんなモノないのでは? と父さんまで疑いたくなってくる。
「いずれわかるさ。いずれな」
「そ、そんなこと言って本当は!」
「時は過ぎた。あと一ヶ月待て」
「……え?」
具体的な日付はわからないけど、特定の期間はあるみたい。
そんな風に断言されると、これ以上ボクからは言えないや。
「ということは父様。私たちを入れ替えた方法は、日にちが関係するので間違いないですね?」
「……ああ」
「父様。まさかアレを!」
「セシリア。お前は何も言わず、何も知らない。そうだろ?」
「それって! ……いえ、そうでしたね。私の気の所為でした」
「姉さん?」
姉さんはそのヒントで正解にたどり着いたみたいだけど、父さんの反応からするにヤバそうだ。
イブさんに調べてもらっているけど、大丈夫だよね?
「まずはハヤトの婚約が先だ」
「え、ボク?」
「セシリアのことだ。何だ? まだ話していなかったのか」
「えっ……えぇ!!」
ボクの身体で婚約者とかどうなっているの?
しかも、親公認なら……すでに手遅れ?




