その中に一人、弟がいる!
セシリア視点
◇◇◇◇
ハヤトが風邪をひいた。
全く、釣りごときではしゃぎすぎるからですわ。
私も人の事は言えませんが。
確かに昨日は楽しくて、ハヤトに負けるもんかと意固地になっていました。
父様と引き分けになったのは悔しかったですが、何よりも使用人に負けたのが一番悔しい。
今度フローラと二人で特訓しようかしら?
私は風邪で三日寝込むけど、その身体を使っているハヤトにも例外はないらしい。
案の定、休むとの連絡があったみたいね。それで正解よ。
学園では親衛隊の仲間たちや、クロイス様にまで心配されました。
ああっ、あのクロイス様が私を心配してくれるなんて!
「いや! クロイスは何も悪くないよ! はしゃぎすぎた姉さんが悪いんだから、ね!」
「そういってもらえると助かる……おいハヤト、ちょっとくっつきすぎじゃないか?」
フフ、今日はハヤトの邪魔も入らないし、二人っきりで登校ですね。
ここぞというばかりに話し続けていると、急にクロイス様が切り出した。
「今日の帰り、見舞いに行っても大丈夫か?」
「え! 家に来てくれるの?」
本当に急ですが、ようやく我が家にクロイス様を招待できそうです。
しかし、お互いに元の部屋を使っている状態で招くわけにもいきません。
……いえ、ハヤトとクロイス様の趣味は合うので、私の部屋だと思われるなら急接近できるかも?
一瞬そんな考えもよぎりましたが、どうせすぐにボロが出ます。
もしそれがキッカケでバレたなら、父様は私をどうするつもりでしょう……危ない橋はやめておきましょうか。
「ごめんクロイス。気持ちは嬉しいけど、姉さんのがうつったらまずいよ」
「大丈夫だ。俺の責任もあるから頼む」
「……今はどうしても、ダメなんだ。」
できるなら、ありのままを見てほしい。
喉まで出かかった言葉を飲み込み、静かに首を横に振りました。
クロイス様と別れた後、すぐに女性が近寄ってきました。
彼女は……イブではないですか。
あの子はいつの間に交友を深めたのでしょう?
弟の秘めたる思いです。ここはハヤトのためにも丁寧に対応しましょう。
「あの、セシリア様のお見舞いに行ってもよろしいですか?」
前言撤回。
どうしてハヤトではなく、私に?
彼女は自分にされたことも忘れるほどのお花畑なのでしょうか?
もし私が同じような目にあったのなら、相手を許すことはできなさそうです。
私は彼女に許されたのか、それとも……罠か。
その可能性に思い当たった時、口から出たのは拒絶の言葉でした。
「え? 何で……ごめん。近づかないで」
「はい?」
「あっ、いや、何でもないよ! とにかく大丈夫だから。じゃ」
ハヤトのことなんて忘れて、つい保身に走ってしまいました。
すぐに撤回しましたが、彼女の耳には……届いていそうですね。
帰宅してハヤトを問い詰めると、決闘のことだろうとのことです。
「そう。てっきり弱っている私に報復でもしてくるのかと思って断ったわ。ま、そのうち接触してくるでしょう」
「……いったい姉さんは、イブさんに何をしたの?」
「うふふ、今日はもう寝なさい?」
その先は、ハヤトが知るべき内容ではないわ。
……女性社会に身を置いたハヤトなら、そのうちイブと同じ立場を経験するかもしれませんが。
ま、私の目がある限り、そんな事にはさせませんけどね。
「わかった、ありがとうね。ところで、メイドのお姉さんは?」
「……知らないわ。おやすみ」
「そっか。おやすみ」
あのサラとか言うメイド。
私が帰ってきた時、まるで真の姉だと主張するかのようにハヤトと寄り添って寝ていた。
笑顔で叩き起こしたら急いで出ていったけど、私は忘れませんよ?
扉を閉める際、そっと呟く。
「……ハヤトの姉は、私だけよ」
いくら姉らしく振る舞えないとしても、それだけは変わらないのだから。
そして数日後、メイドたちの妹と化したハヤトがいた。
何でよ!
事の始まりは、ハヤトの男性恐怖症だった。
父様が私の専属メイドとして扱うと言ったときは、それこそ面白いことになったと思ったのだけど。
「ハーちゃんもお風呂いく?」
「ボ、ボクはサラさんにっ」
「残念でしたー! 不在の時間を狙ったのよ♪」
「えっ、じゃあフローラさんっ!」
「あらあら。なら、皆で行きましょうか?」
「えっ、えっ」
仕事の終わった彼女たちは、これからプライベートの時間になる。
なので新人メイドがドナドナされて、そのまま脱衣所に入っても気にしない。
新人と裸の付き合いでもするのかしら……ちょっと待って。
その中に一人、弟がいる!
あわてて脱衣所に飛び込むと、眩しいほどの白い肌に見舞われる。
「キャーーー!!」
「ハヤト様っ……悲鳴も可愛いっ!」
「きゃーーー! 抱きしめたい。いや、抱きしめちゃうっ!」
「ふあっ! あ、当たっていますから!」
「じゃあ、前からもどう?」
「むぐっ! んっ、やめて……そ、そこは……ひゃぁん!」
「……どんなサバトよ、ここ」
男性にとっては肌色の楽園……なの、でしょうけど。
私には魔女たちがハヤトを生贄にしている姿にしか見えないわ。
「セシリア様? あの……中身がどうであれ、身体が男性の方はご遠慮してくださると嬉しいですー」
「ちょ、なんて言い方するの! すみませんセリシア様。しかし、ここは男子禁制の女風呂ですので……」
「なら、そこのメイドはどうなるの? ハヤトは男よ!」
「姉さん……たすけ」
「あらあら。セシリア様もお風呂へ? なら私が特別に洗って差し上げますよ。最近は触られてもらえないので、ね?」
いつの間にかフローラに回り込まれていた。
そしてガシッ! と両腕を掴まれる。
「ちょ! 私はお風呂に入ったってば!」
「うふふ。今日は逃しませんよ?」
「ハヤトっ! たすけ……」
「えぇ~……」
メイドに挟まれたままのハヤトに見送られ、入り口は無情にも閉じられた。
……その後は、ハヤトのことなんか考える余裕もなかった。
後日、数人のメイドに連行されるハヤトを見かけたけど、笑顔でソレを見送る。
ハヤトは絶望した顔をしていたけど、何も言わなかった。
……ま、まあ? 私の身体は可愛いから、メイドに人気でも仕方ないわね。




