「う~~~~!!」
男性恐怖症になったらしいこと、弟にも近づけなかったことを手短にガイアルへ説明する。
「ほう。なら弟は実力行使によって克服したのか」
「そうですね。ハヤトが全く寝させてくれないので大変でした」
「人聞きの悪い事言わないでよ! あっ、クロイス様。これは違う意味なので興味を持たなくて結構ですよ」
「にしては、俺と触れているのに平気そうだな」
ガイアルも前方の二人は無視することに決めたらしい。
そうなんだよね。
姉さん以外の男性と触れ合っているにも関わらず、ボク自身は何の異常もでてこない。
そういや部屋に入れてもらった時もそうだったっけ。
「……どうやらガイアルは大丈夫のようですわ」
「やっぱり、お泊りってそういう……」
「違います! 何もなかったですから!」
「セ、セシリア嬢。俺はどうですか?」
「……すみません。無理みたいです」
心苦しいけど、クロイスに近づかれると無意識に後ずさりしてしまう。
姉さんの身体なら今すぐ飛びついてもおかしくないのに、男性として強く意識しているせいか顔も合わせられない。
「……そうですか」
「クロイスもようやく、僕の姉さんの魅力に気づいたのかな!」
「あ、いや。どちらにせよ俺の好みではない」
「……そっか」
「ですです。でも、私は諦めませんよ?」
彼が好きなのはイブさんのような女性だ……本性は別として。
なので姉さんが取りそうな態度で、その場を上手く収めようとした……けど。
「ふははは。兄貴は嫌われているからって、強がるなよ」
「なんだと?」
「俺がこうしても何ともないってよ。なあ?」
今度は後ろから抱きしめられた。
その上、ボクの右肩に顔まで乗せてくる。
……コイツ、地面に打ち付けてやろうか。
「おっと足が滑りましたわ……って! 放してください!」
「よっと。危なかったな。おい、暴れるなって!」
勢いを付けて後ろに倒れたつもりだったけど、全体重をかけた転倒は難なく防がれた。
さらには後ろに体重を預けたことで、ボクの足は地面とサヨナラする。
……ガイアルに持ち上げられたから。
「う~~~~!!」
「そんな猫みたいに唸られても」
「可愛いな……」
「へっ? クロイス、今なんて?」
「いや、本当にアイツとは大丈夫そうだな」
密着どころか腰を持ち上げられているのに、不思議と怯えのようなものはない。
震えてはいるけど、それは怒りと恥ずかしさで震えるだけだ。
ならクロイスさえ平気になれば、完治したって言えるのかな?
……親友に怯えてしまうのは、ボクだって辛いし。
「? いきなり借りてきた猫のように大人しくなったな」
「考え事をしていただけです! いい加減放しなさい!」
「まて。俺がこのまま運んでやろう」
「誰かー! ハヤトでもいいから助けてください!」
そういって周りを見るも、姉さんを含めた傍観者はボクと顔が合った途端に逸らされる。
……そんなに人望ってない?
「悪いがセシリア嬢。皆は馬に蹴られたくないので傍観しています」
「それってどういう意味です?」
「あー……」
「え、姉さんってガイアルと付き合っているんじゃ?」
その言葉に、ボクと周囲の時間が止まった気がした。
もちろん勘違いだけど、周りにいる人がウンウン頷いているのが非常に気になるところだ。
「そんなわけっ!」
「それはない」
否定の声は真後ろから聞こえた。
そして、ボクは地面にそっと下ろされる。
「どうした? いつものお前なら調子に乗って口説くはずだろ」
「ちょうどいい。ここで兄貴に宣言しておく」
「えっ……え?」
ボクを真ん中に挟んで、ガイアルとクロイスが対峙する。
姉さんはというと、いつのまにか傍観者の輪に混ざっていた。それも女子だらけの輪に。
「俺は今以上に剣技を極める。それこそ、この学園で一番だと認められるくらいにな」
「今でもお前はトップ……いや、違うな」
「ああ、その通りだ」
それってボクのことを言っているの?
あの時はガイアルの油断もあっただろうし、試合では判定負けしているから喜べないんだけど。
「セシリア」
「ひゃい!」
急に呼びかけられたものだから、思わず変な声が出てしまった。
沈黙が辺りを包み込むが、ガイアルは何もなかったかのように続けた。
「次の決闘で俺が勝てたら、好きになってくれませんか?」
「はい?」
人を好きになるのに理由は要らない。
だけど、ボクの気持ちが変わらないと知っているのか、提示されたのはただのお願いだ。
……その頃にはボクも男に戻っているよね?
「それは、どうでしょうね。その時しだい、でしょうか?」
チラッと姉さんの方を見る。
はは、楽しく雑談しているようで、こっちを見もしないや。
「わかっています。だからこそ、兄貴。俺は負けない」
「安心しろ。今の時点で俺はお前に勝てない」
「いや、俺は負けたよ。だからこそ、再びスタートラインに立てる」
「あのー……ついていけないんですけど」
ボクも男だから、二人で盛り上がっていることはわかるけどさ。
それってボクが景品になっていないかな?
クロイスにはイブさんとくっついてもらいたいんだけど……。
「だからこそ、今のうちに兄貴よりリードしておく」
「ひゃっ! いきなりなんですかもうっ!」
まるで俺の女だと主張するように肩を抱かれる。
でもボク、君には興味ないからね? 多分男性として見ていないから恐怖も何も起こらないのだろう。
「……わかった。俺は先に教室へ向かう」
「え、クロイス様もご一緒しましょう?」
「フフ、そういった言葉は、手の震えを抑えてから言ってください」
伸ばした手は、確かに震えていた。
今のボクは、去っていくクロイスの背中を見送ることしかできなかった。




