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「嫌ぁ……いきたくない」

 

 新学期の初日が終わった。


「さて、アンタのほうはどうだった?」

「姉さんの交友関係が把握できませんでした」

「そりゃそうよ。これでも学年の……あ」


 姉さんの視線の先に、ボクらの教育係になったメイドさんがいた。

 こちらを睨んでいる?


「そう……だよ。学年の一派閥のリーダーだったからね」

「へー、派閥か。大変だね」

「んんっ!」


 その時、メイドさんの咳払いが聞こえた。

 姉さんのジェスチャーによると、監視されているから口調を直せ?

 ……家でも気が抜けないみたいだ。


「大変……ですね」

「何言っているんだ。これからハヤ――姉さんがリーダーとして引っ張っていくんだよ」

「えぇ! そんな、無理だよ無理!」

「んんっ、お嬢様。はしたないですよ」

「す、すみません……」


 メイドさんに怒られ、思わず立ち上がったところを座り直す。

 そのとき、スカートを直すことも忘れない。


「……なんか、僕より女らしくなっていない?」

「やめてよ。ボクだって否定したい。否定したいですわ」


 これも地獄のような教育の成果だろう。

 このまま女性に染まってしまいそうで怖い。

 本当にボクは男に戻れるのだろうか?


「あの派閥は、第二勢力であるリリアさんや、第三勢力であるオリーブさんを牽制しているんだ。姉……さんがいなくなったら、クロイス様はその派閥に囲まれてしまうよ」

「ボク……わ、私としてはそれでも構いません。そういえば、イブさんはどの派閥なのですか?」

「イブさん? ああ、あの女ね。クロイス様が気にしているみたいだけど、あの女はどの派閥にも属していないの……だ」

「そっか」


 姉さんによると、彼女は誰とも親しくせずに一人でいるようだ。

 身分の差もあるかもしれないけど、どうやら彼女自身も一人を好んでいるらしい。


「この前だって、せっかく庶民のあの女を仲間に入れてあげようとしたのに断られて。本当、何を考えているのか」

「だからあの時、数人で囲っていたの?」


 上から目線の姉さんにイラッとしたけど、ボクは何度か現場を目撃している。

 ゴミ捨て場の前、校舎裏、はたまた教室の隅でなど。

 その時は直接助けることは出来ず、姉さんをその場から引き離すことしかできなかったけど、今は何があったかを聞くチャンスだ。


「あの時? ハヤ……姉さんが来たのは確か、ゴミ捨て場に居た時だったね。あの鈍くさい女、ゴミの分別を間違えたのだ。だから僕たちは正しい分別の仕方を教育していたの……さ」

「へー」


 勿論信じていない。

 姉さんの性格的に、それだけで終わったはずがない。


「じゃあ、秋頃ににイブさんが泣いていたのは?」

「ど、どうしてそれを!」

「ボク……私も見ていたからよ」


 季節も肌寒くなってきた頃、一人で外に向かうイブさんが気になって付けたことがある。

 決してやましいことではなく、あくまで先生への用事のついでだった。

 その時、姉さんとイブさんが話し合っていて、見間違いかと思ったのだけど。


「見間違いじゃ、なかったのね」

「それは、えーと。ほら、イブさんはクロイス様に近づきすぎだから、えっと」

「見損なったよ、姉さん」


 言わなくてもその先は想像できる。

 だって、ボクのよく知る姉さんだから。


 今まで見て見ぬフリをしていたけど、これじゃイブさんが可哀想だ。

 いつも一人の彼女は、姉さんだけではなく他の派閥からも敵にされていそうだ。

 せっかく同じクラスになったんだし、ボクだけでも彼女の味方になろうかな?


「ちょ、ちょっと待って! それにも訳が!」

「もう寝るね。お休み」


 その日は不機嫌だったこともあり、ちょっとだけいつもの時間より早く寝た。


 僕はこの時、まだ気づいていなかった。

 不機嫌だったのは、体調のせいでもあったと。






 次の日は散々だった。

 あれほど邪険に扱った姉さんにすぐ助けを求め、メイドさんを集めて話を聞いてもらう。

 幸い軽いほうだというので助かったけど、これを我慢して学園へ行けって?

 冗談じゃない。


「ほら、欠席の理由にはならならいから行くよ」

「うぅ……よく姉さんは今まで平気だったね」

「そこは長いこと付き合ってきた身体だったから、かな」


 いつもなら口調を指摘してくるメイドさんも、今日ばかりは見逃してくれるらしい。

 この状態があと二日は続くんだ。学校を休んでも罰は当たらないだろう。


「うぅー……」

「ほら、今日さえ終われば休みなんだから、行くよ」

「嫌ぁ……いきたくない」

「全く! それでも男なの! ほら、行きなさい!」


 まだ気だるい身体に鞭を打ち、なんとか学校までは辿り着く。


「ようハヤト。クラスは別になっちまったが、教室まで……セシリア嬢、どうしました?」

「え、えぇ……少し」


 どうやら苦手だという姉さんに声をかけてしまうほど、今のボクは苦しそうに見えるらしい。

 しかし、ここで親友の手を煩わすわけにはいかない。


「大丈夫です……ので、気にしない、で……くださいな」

「あ、ああ。ハヤト、今日は三人で行こうか」


 姉さんの派閥だという女子達も遠巻きには見ていたけど、クロイスがいるからか誰も近づいてこなかった。

 歩き出した途端、ついよろけてしまう。


「おっと」

「きゃっ、ちょ! 大丈夫……姉さん」


 謀ってもいないのにクロイスに寄り掛かる。

 ああ、彼はやっぱり……鍛えているな。


「すみません……ありがとう、ございます」


 思わずしがみついてしまったが、すぐに姉さんのほうへと離れる。

 クロイスも苦手意識を持つ相手、しかも恋心まで持たれている相手に引っ付かれるのは嫌だろう。

 今のは不可抗力だから許してほしい。


「い、いえ……このまま医務室へ行きましょう。ハヤト、後で相談がある」


 なぜか慌てたようなクロイスとハヤトに連行され、ボクの登校先は医務室へと変更された。

 でもやっぱり……この痛みは、無理ぃ。

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