「あの、セシリア嬢? 何ともないのですか?」
そのまま無言で見つめ合う。
先に痺れを切らしたのは姉さんだった。
「……またベッドが振動しだしたわ。これじゃ私も寝れないじゃないの」
「うぅ、ごめん。今度はボクが向こうを……キャッ! 何するのさ!」
そのまま腕が伸ばされ、今は硬い姉さんの胸板に頭を抱かれる。
「キャッ! て、随分と馴染んでいるわね。顔が見えなくても怖い?」
「うん……乱暴しないでね」
「ちょっと、そのセリフはやめなさい。勘違いされるでしょ」
そんなつもりで言ったわけじゃないけど、指摘されたことでボクまで意識してしまう。
頭ごしに姉さんの鼓動が伝わってくるけど、同時にボクの震えでベッドもガタガタと振動する。
「……私で安心できないのはよくわかったわぁ」
「やっぱり部屋に戻るよ。というか、戻ってもいいよね?」
「だぁめ♪」
ボクが拒否したからか、逃がさないという意思表示のように姉さんの腕の力が強くなった。
同時に、ボクの頭も硬い胸板に締め付けられ呼吸が苦しくなる。
「これじゃお互いに寝れな……ぐっ、ぐるしい、ねえざんっ」
「我慢しなさい。これも慣れるためよ」
「ちょ、タップタップ!」
抱きしめられるどころか、骨がギシギシと悲鳴をあげそうなくらいに絞められている。
ボクってこんなに力あったっけ?
「一晩このままだったら、男性恐怖症も克服できるでしょ……あら?」
「きゅぅぅ……」
「にしても、これは良い抱き枕ね」
何か恐ろしい声が聞こえたけど、それを尋ねる前にボクは気絶するように眠りへついた。
というか、気絶させられたね。
「ハヤト様。起きてください。もうすぐお時間ですよ」
誰かがボクの身体を叩く。
寝返りを打とうとしたけど、身体が動かない?
ゆっくりとまぶたを開けると、壁が目の前にあった。
「……ふぁい?」
「目が覚めましたか? こちらを向いてくださいな」
「んんっ? 身体が動かな……って、ええ!!」
身じろぎをしようとしても、身体は硬直したように言うことを聞かない。
そして唯一動く首を動かすと、すぐ目の前に自分の顔があった。
「……何があったのかは非常に気になりますが、そろそろ起きてください」
「何もないから! ちょ、姉さんも起きてよ!」
「そういえばフローラが言っていましたね。セシリア様は寝起きが悪いので、起こすときは二回に分けろ、と」
「こんなに大きな声を出しても起きないなんて……ちょ、首がっ、絞まってるって!」
「では、また後で起こしに参りますね」
「助けてよっ! くわっ、足も上手く動かないや」
両腕と身体はしっかりと抱きかかえられ、右足で両足すら抑えられる。
モゾモゾとしか動けないので、姉さんに拘束された気分だ。
「……ハヤト様、それはわざとですか? 見せつけているんですか?」
「ああもうっ! いい加減にっ! 起きて!」
お姉さんも頼りにならないので、ここはもう最終手段だ。
頭を下げ、姉さんの顎の下まで這い上がり、思いっきり振り上げる。
顎へとヘッドバットを食らった姉さんはさすがに飛び起きたけど、その反動でボクはベッドから転げ落ちた。
「痛っ! な、何があったの? ……ハヤト、何をやっているの?」
「……おはよう、姉さん」
「アンタ、寝相悪いわね」
床に大の字で寝そべるボクは、酷く滑稽だっただろうね。
時間もないので早々と準備をし、姉さんと学園へ向かう。
男性の身体で急ぎ足の姉さんに対し、歩幅の狭い女性の身体で追いつくのには苦労する。
優雅に歩くように身体へ叩き込まれているので尚更だ。
「ほら、手くらいは繋げるんじゃないの?」
「……昨日の今日で、そんな無理矢理な。あれ?」
「ね、大丈夫でしょ」
姉さんの言った通り、手を繋いでも身体に異常はない。
もしかして、姉さんに耐性がついた?
「本当だ。あ、ありがとう姉さ……」
「あ、でもベタベタするわね。手汗が気持ち悪いから放すわ」
「ボクの感動を返してよ!」
確かに震えは止まったけど、手を繋いだ途端に手汗が吹き出していた。
ああ……ハンカチで拭かれるとさすがに傷つくよ。
「でもま、これで証明できたね?」
「何を?」
「一緒に寝た人間への恐怖はなくなるってこと」
「ちょ! そんな言い方して、もし誰かに…………あっ」
ボクの位置からは知り合いが近づいてくる姿が見えたけど、姉さんはそれに気が付かない。
そしてその人物は、影で覆い隠すように姉さんの後ろへ立つ。
「後ろにいるのは誰……ひゃ!」
「随分と可愛い声を出すな。ハヤトよ」
「おはようございます、クロイス……様」
「様づけとは立場をよくわかっているじゃないか」
「あはははは……」
「ハハハハハ」
姉さんも男性恐怖症になったのかな?
いつもなら自分から近づきに行くのに、今はクロイスが近づくほどブルブルと震えているようだ。
フフッ、これで姉さんもボクの気分がわかったかな?
「セシリア嬢。さっきはハヤトと手を繋いでいましたが、もう大丈夫なのですか?」
「……いえ、ハヤト限定ですわ。弟なので」
「そうですか。残念です」
「えっ?」
クロイスは姉さんのことをよく思っていなかったはずだけど、最近はやけに姉さん……の身体のボクを気にしてくれる。
もしかして?
「セシリア、ここで会うとは奇遇だな」
「……え? ガイアル。おはようですわ」
誰かに肩を抱かれたと思ったら、すぐ後ろにガイアルが立っていた。
考え事をしていたせいか、全く気が付かなかったや。
気づくと、前方にいた二人が驚いた顔でこっちを見ていた。
「逃げなくてもいいの? というか、よく平常心で……」
「あの、セシリア嬢? 何ともないのですか?」
「え?」
二人の目線はボクの肩に向けられている。
そのまま目線を追うと、そこにはガイアルがいる。
背中に体温を感じるってことは、密着されているのかな。
「馴れ馴れしいですよ。離れなさい」
「ちょっとしたスキンシップだ。許せ」
「……もう。あれ、どうなさいましたか?」
姉さんとクロイスは、信じられないものを見た様子で顔を見合わせる。
そして二人は、それぞれボクとガイアルを指で差した。
「「一緒に寝たのか?」」
「んなわけ、ないでしょ!」
予想はできたけどさ!




