「では、今夜は一緒に寝ましょうか」
ボクを支えていたメイドさんは、何も言わずに別室へ連行しようとする。
「さ、さすがに冗談だよね? これでもボク、この家の跡取り……」
「男性恐怖症とやらを克服するまでは、使用人の真似でもしていろ。皆もそう接するように」
「あんまりです! せめて、普段どおりの生活をさせてください!」
ボクが必死に懇願するものだから、メイドさんも、姉さんまでもがどうしたら良いのかと困惑しているようだ。
その場にいた者は全員、父さんの発言を待つ。
「では聞くが、お前は普段通りに生活できるのか? そのままで」
「それっ、は……」
父さんの手も握れない。
姉さん……自分の身体が傍にいるだけでも落ち着かない。
そんな状況で、ハイと頷けるはずもない。
「聞けば、エニフ家でもメイドとして働いていたらしいな? その件も含めて、あの家には後日お礼をしなくてはな」
「あ、はい」
「なので、ハヤトはしばらくセシリアの専属メイドとして過ごすように。部屋はそのままで良い」
「「え?」」
また姉さんと言葉が重なる。
それって、姉さんに命令されたあれこれをしなくちゃいけないってこと?
……あれ、普段とあまり変わらないや。
「それだとわたっ、僕のプライベートはどうなるんですか!」
「お前は部屋にメイドを常駐させるのか?」
「と、時と場合にもよりますけど」
「なら大丈夫だ、問題なかろう」
「問題だらけです!!」
この件はボクよりも姉さんの反対が大きい。
専属っていっても、呼ばれたら行って、お世話するだけだよね。
何をそんなに慌てているのだろう。
結局姉さんの反対も押し切られ、最後にボクが睨まれる。
割を食うのはボクのはずなのに、その反応は……解せぬ。
使用人部屋では、元から姉さんの専属でもあり、ベテランメイドのフローラさんがボクを着替えさせてくれた。
何でもお嬢様にピッタリのサイズらしく、いつものお姉さん以上の手際でメイド服への着替えが終わる。
「ウフフ、ちょうど予備があって助かったわ」
「あの、姉さんと同じ体格の人はいないはずじゃ」
「予備があって、助かったわぁ?」
「あっ、はい」
強烈なプレッシャーにそれ以上は言えなくなる。
うん。
ボクたちの母親代わりなのか、この屋敷にいるメイドさんはやけに強い。
代表格として、メイド長でもあるあの鬼……先生には、父さんですら頭が上がらない。
「それじゃ、ハヤト様なら一通り出来るとは思うけど、お茶の準備をお願いできるかしら?」
「はい! いつも通りで大丈夫ですよね?」
「そうね。セシリア様にはこの茶葉を使って。あとはいつも手伝ってくれる時みたいに、ね」
「任せてください」
よく男らしくないと言われるけど、ボクは庭いじりと読書が好きだ。
あとは剣技の練習やクロイスと遊びにいくこともあるけど、厨房で過ごす日も多い。
だって、読書中に喉が渇いたらすぐ飲めるしね。
「これでよかったですか?」
「……はい。温度管理もバッチリですね。ハヤト様の行いが、こんな形で役に立つ日がくるとは」
「お茶くらい、自分で用意できますからね」
「……ああ。いっそこのままでいてくれないかしら」
「? 何かいいましたか」
「何でもありません。ささ、お部屋へ向かいますよ」
不穏なつぶやきが聞こえたけど、気の所為だよね。
部屋に行くとしても、ガイアルの屋敷とは違い勝手知ったる自分の家だ。
フローラさんには別の仕事をしてもらい、その間にボクは一人で姉さんの部屋まで行く。
コンコン。
「何よ」
「お茶をお持ちしました」
「そこに……って、ハヤトじゃないの。あら、私って意外とメイド服も似合うのね」
「自画自賛? クロイスに……なんでもありません」
「あらそう。いい子ね」
姉さんは嫌がらせのつもりなのか、父さんや先生がいないところでは女言葉で話してくる。
……ボクももう諦めたよ。
「お茶はここに置いておくね。くれぐれも……って! 何してるのさ!」
「何って、コレのこと?」
てっきり勉強でもしているのかと思ったら、姉さんは床に見覚えのある布を何枚も広げていた。
ボクの……下着を。
「ちょうどいいわ。フローラに聞いてもわからなかったのよ。ほら、ここ。この下着の穴って……」
「ごめん姉さん。わかってやってるでしょ?」
「チッ……ま、最初は苦労したけどね。ハヤトも可愛らし……いえ、苦労しているのね」
「やめて」
いくら姉弟といえ、そこまで言われたくない。
そりゃあ、ボクも姉さんの身体でお風呂とか入るけどさ。
これでもメイドさんに手伝ってもらって、極力触らないようにしているのに。
「まあいいわ。じゃ、着替えさせてくれる?」
「え?」
「いつもはフローラにやってもらっているの。今日はハヤトが代わりなんでしょ?」
「……うん」
着替えさせるといっても、ボクだった時みたいに上半身だけだよね?
ボタンを外し、棒立ちの姉さんから上を脱がしていく。
「なんか恥ずかしいわね」
「ね、姉さんがやらせているんでしょ!」
「そうだけど……何でかしら。もういいわ。じゃ、明日起こして頂戴。おやすみハヤト」
「納得がいかないけど、じゃあね」
着替えの途中だったけど、退室しろと促されたら従うしか無い。
あとでフローラさんに仕事内容を確認しないと……不本意だけど。
扉に手をかけたとき、姉さんに呼び止められた。
「……ハヤト」
「何さ?」
「早く、元に戻りたい?」
「……うん」
姉さんの身体になってから、今まで以上に振り回されている。
それこそボクの意思が、全て無視されているみたいに。
姉さんは少し考える素振りをしてから、近くに来るように手招きをする。
「では、今夜は一緒に寝ましょうか」
「うん……んっ?」
「しばらく起きているから、寝る頃にまた来なさい。枕は持参で」
「え、ちょっ」
「それとも、使用人に命令したほうがいいかしら?」
「……わかり、ました」
最初からボクに拒否権がないことはわかっていた。
けど……けど!
いろんな意味で、既に身体の震えが止まらないんだけど!




