「あ。ガイアルにメイドとして奉仕したっけ」
倒れたままの爺やは放置して、父さんの元へと連行される。
……メイドさんたちも無視しているけど、あのままでいいのかな?
「よく来たなハヤト。セシリアもご苦労だった」
「はい。昨日のエニフ家の伝言は本物だったみたいです。あと、予想通り何もなかったみたいですよ?」
「ふむ。だから言っただろ、賭けにもならんと」
「まあハヤトなので……それと一つ」
「いや、ちょっと待って! 賭けって何さ」
ボクの行動がいつの間にか、賭けの対象にされていた。
逆に言えば、何もないと信頼されている証ともいえるけど、何か複雑だ。
「ん? セシリアとな。ハヤトの身に何かあるかを賭けようとな」
「僕もお父様……父さんも、ハヤトが逃げるから何もないだろうと予想してね。結果はその通りでしょ?」
「……それって、何かしてたならボクの一人勝ちってこと?」
「ん? ああ。それでもいいぞ。で、何かあったのか?」
「ない、けど」
「父さん、だから言ったでしょ? ハヤトにそんな甲斐性が……」
「あ。ガイアルにメイドとして奉仕したっけ」
ガタッ!!
何気なく発言した言葉に、父さんと姉さんが立ち上がる。
そして控えていたメイドさん達までもが、手に持っていた道具を床に落とした。
「っ!」
「どどど、どういうこと! ガイアルは何もしなかったって聞いたわよ!」
「おいハヤト。詳しいことを説明しろ」
「えっ、ちょ……」
二人に追求され、姉さんに至っては身体をガタガタと揺らしてくる。
「はなっ、れて!」
「ダメ。気絶しても逃さないわ。いい機会だから、男性恐怖症はいま克服しなさい」
「そん、なぁ!」
「おいセシリア。そろそろ揺らすのを止めたらどうだ。男性恐怖症というのも説明しろ」
父さんが制止してくれたおかげで助かったけど、力が抜けて床にペタンと座り込んでしまう。
立とうと思っても力が入らないや。
「あれ?」
「何だ。腰でも抜けたのか? そこのメイド。椅子に座らせてやれ」
メイドさん二人がかりで立たせてもらい、何とか椅子にもたれ掛かる。
しかしそれ以上は動けず、メイドさんの一人にしなだれかかる結果となってしまった。
「ごめんなさい」
「いえいえ。役得……んんっ、お気になさらずに」
「悪いが、そのまま支えていてくれるか?」
「はい。喜んで!」
「えぇ……」
いつものお姉さんならともかく、彼女って屋敷の管理をしてくれているメイドさんだったよね?
ボク、重くないのかな。
「……ハヤト? 私の身体に文句あるのかしら」
「いや! 何でもないよ!」
「全く。アンタが何考えているか予想がつくから厄介なのよ」
「おいセシリア。また教育されたいのか?」
「!! す、すみませんでした。男らしく……振る、舞います」
ギロッと姉さんに睨まれるも、それはボクのせいではない。
うん。
確かにボクだけ口調が許されるのは、不公平だとも思うけど。
「さて、聞きたいことはいくつかある。まずエニフ家の伝令が本当なら、お前は襲われたのか?」
「エニフ家? ああ……ガイアルのことね。女子寮からの帰りに、男性に襲われました」
「女子寮? そうか。見直したぞ、ハヤト」
「ハヤト。アンタって人は……」
「え? ……ち、ちがっ! 友達の部屋で話していただけだよ!」
「まあ真偽は良い。襲われたのは本当なんだな。そして、エニフ家に助けられたと」
「そう、だけど……そうっ! なんだけど!」
ボクが女の子の立場を利用したって、勘違いされたままですけど?
ボクにとっては、そっちのほうが重要案件ですけど?
「で。ハヤトは男性恐怖症になったと。僕が近づいても怯えるみたい」
「ほう。ますます女性らしさを身に着けたではないか」
「止めてよ父さん! 姉さんはともかく、クロイスすら怖いんだからね!」
「ちょっとそれ、どういう意味?」
「それはまずいな。なら、元に戻るか?」
「「え?」」
姉さんとボクの声が重なる。
もしかして、今なら元の身体に戻れる?
「でもお父様。そう簡単に戻れるものなのです?」
「多少の手間はかかるが、できないことはない」
「なら今すぐお願いします! もうボクは懲り懲りなんです!」
「……僕の目からは、ハヤトも楽しんでいるように見えるけど」
必死に懇願するも、姉さんを含めて周りは暖かい目線を向けてくる。
……メイドさんに抱きつきながらだと、説得力もないよね。
「第二王子に近づけないなら仕方ない……しかしハヤトよ。お前は自分の身体に戻って耐えられるのか?」
「どういう意味ですか?」
「今のセシリアに怯えるってことは、鏡を見る度に怯えるのか? それと、男性なら男同士の接触も多い。大丈夫か?」
確かにノリで肩を組まれたり、行動するにしても男性のみでグループを作ることが多い。
父さんが言いたいのは、我慢できるかってこと?
「中身が姉さんの男性でなければ大丈夫です」
「アンタねぇ……クロイス様も爺やもダメだったでしょ」
「よし。なら、俺の手を握ってみろ。流石に父親は恐怖の対象には入らんだろ」
「………………」
「おい、どうした?」
差し出された手は、何故かとても大きく、そして恐ろしく思えた。
勝手に身体を入れ替えられた時にも感じたけど、父さんは尊敬する対象とともに、畏怖する対象でもある。
そして、一瞬でもそう意識してしまうとダメだった。
「……できません」
「そうか。なら、さっきの話はナシだ」
「え、どうして! 元に戻してくれるはずじゃ……」
「まずはその男性恐怖症とやらを治せ。そうだな……メイドでもやるか?」
「それは妙案です。流石はお父様です」
「……え? ちょ、ちょっと待って!」
周りを見ても、メイドさん達はパァァア! と顔を輝かせているし、姉さんに至ってはニヤニヤするだけで頼りにならない。
味方をしてくれそうな爺やは庭に放置したままだ。
「じゃ、今日から頼むぞ」
どうして……。
どうして、こうなった!




