「あらあら。メンタルケアは専門外なのだけど」
そのまま学園内へ行くわけもなく、人気のない裏手へと連れ込まれる。
「あの、姉さん? 昨日は何もなかったよ?」
「……ねぇ、何で私が怒っているかわかるかしら?」
ここに来た時点でわかっていたけど、姉さんは口調を隠す気がないようだ。
「無断外泊したからだよね? でも使いが向かったはずじゃ……」
「それもあるけど、二人で通学なんて随分と仲がいいじゃない」
ボクとガイアルが二人で降りてくるところは、大勢に見られている。
それこそ、噂が立ってもおかしくないほどに。
「つまり事実はどうであれ、想像できてしまうってところが問題なのよ。その可能性に誰も気づかなかったわけじゃないでしょ?」
「えと……その……」
思えばメイドさんも御者も、ガイアル本人ですらその懸念はあっただろう。
それでもこうなったのは、ボクが大丈夫と言ったからで。
「……ハヤト? もしかしてアンタが」
「ごめん。ボクはついさっき気づいたんだ」
「ならどうして引き返さなかったのよ!」
「それは、その……男らしく、堂々と……」
「男らしく? ハンッ! その仕草でよく言うわね」
姉さんはボクの身体を上から下まで見てから鼻で笑った。
「何さ!」
「私が怖いの?」
「……え?」
「気づいていないの? 全身は小刻みに震えてるし、目も泳いでる。あげくには泣きそうな顔になっているわよ?」
その言葉にハッとなる。
いくら相手は姉さん、それも自分の身体だったとはいえ、今ボクは男性の身体に迫られている。
ガイアルは近づいてこなかったから気づかなかったけど、襲われたせいで身体が本能的な恐怖を感じているようだ。
「まさかガイアルに乱暴でも……」
「違う! 彼は恩人で、それは別の男性に」
「何ですって? 詳しく聞きたいところだけど、今は時間がないわ」
もうすぐ鐘の鳴る時間だ。
姉さんとはまた昼休みに合う約束をして、その場は解放された。
教室へ入ると、幾多の視線がボクに注目する。
……期待されるようなことは何もなかったんだけど。
そうして席についた時、代表というべきか一人の女子に話しかけられた。
「あの……私セシリア様の親衛隊の者ですが、今朝はどうなされたのですか?」
「あー、うん。色々とあって」
「それではリリア様に説明できませんわ。何故ガイアル様と同じ馬車から?」
「……秘密ですわ」
「キャー!」
否定するのも面倒なので、盛り上がる人には勝手に騒いでもらおう。
ボクが冷めた目でキャーキャー叫ぶ女子達を見ていると、珍しく先生に呼び出された。
「どうなさいました?」
「次は出なくて良い。こっちで昨日の話を詳しく聞きたい」
学園の近くで生徒が襲われた。
そのことは兵士から学園に連絡があったことで、学園周知の事実になったらしい。
ちゃんとやることをやっていたようで、ガイアルへの評価をまた一段階上げないと。
「怪我はなかったんだな?」
「はい。私一人ではどうしようもなかったのですが、助けてくださった方がいましたので」
「あの兵士たちも、サボっているわけではなかったのだな。しかし、巡回を増やすようには要請しよう」
その言葉にハテナが浮かぶ。
兵士? ガイアルは自分が助けたって言っていないのかな? 目立ちがりやだと思ったのに。
「兵士の方は何て言われましたか?」
「怪しい奴に女生徒が襲われていたので助けた、と。」
「それは違いますわ。私を助けてくださったのはガイアルです」
「何? 兵士に助けられたのではないのか?」
「ええ。彼が見つけてくださらなかったら、私は下町の闇に連れされていたことでしょう」
兵士が歩いている姿なんて、散歩の時でも見たことがない。
せいぜい店の近くに立っているか、座りながら雑談しているかのどっちかだ。
よっぽど事件なんて起きないから、暇なのもわかるけどね。
「そいつはシャレにならんな。別に兵を召集するべきか……」
「あの、もう失礼してもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ。ところで、体調は大丈夫か? さっきから目が泳いでいるようだが、そのまま医務室へ行ったほうがいい」
「……そ、そうですね」
おかしい。
何度も慣れ親しんだ先生のはずなのに、大人の男性と二人っきりというだけで汗が止まらないや。
先生の言葉に甘え、そのまま医務室に向かう。
その場所の主は、男らしくて頼りになる体格の先生とは正反対の人物だ。
「あら? また来たの……すごい汗ね。こちらへいらっしゃい?」
「先生ぇ……ボク……いや、わたし……」
ほんわかな女性である先生を見た途端、さっきまでの反動か自然と涙が溢れてくる。
そんなボクを、先生は優しく抱きしめてくれた。
「よしよし……そんなに怖いことがあったのかしら? そういえば、襲われた女生徒がいたと耳に挟んだけど」
「うぅ……怖かった……です」
「あらあら。メンタルケアは専門外なのだけど」
そう言いながらも、ボクが落ち着くまで静かに背中を擦ってくれた。
その心地よさに包まれ、安心しきったボクはいつしか意識を手放していた。




