「あら、一緒に行かれないのですか?」
それからボクは一言も話さず、ジェスチャーのみでメイドさんに部屋を案内させた。
メイドさんは気迫に押されたのか、何も言わなかった。
部屋でメイド服を脱ぐ際にも苦戦したけど、無言でメイドさんを見つめて手伝わせた。
そして用事が全て終わった後は、ドアを顎で示して退室を促す。
誰もいなくなったことで一息つき、ようやくボクは休むことが出来た。
……翌日には、綺麗にたたまれた制服が枕元に置かれていた。
制服に着替えて、昨日も案内された食堂へといく。
今日は昨日みたいな使用人のスペースではなく、きちんと客人用の部屋に案内してくれたらしい。
ちょうどガイアルは食事を終えたみたいで、席を立つところだった。
「おはようございます。昨日はおかげ様でよく眠れましたわ」
「そうか。それはよかったな。俺は先にいくが、ゆっくりしていてくれ」
「あら、一緒に行かれないのですか?」
「……お前がそうしたいというなら構わんが」
ガイアルはそれ以上何も言わず、ボクも用意された食事を無言でいただく。
……用事がないなら、さっさと立ち去ってほしいのだけど。
「んんっ、こちらを見つめて、どうなさいました?」
「いや、返事をな。俺は先に行っていいのか?」
「二度手間になりますし、お世話になっている身です。少々お待ち下さい」
ガイアルは後で呼んでくれと言い残し部屋に戻った。
それでも食事は優雅に時間をかけて、だ。
味付けが濃いってことは、ここの屋敷ではこれが普通なのかな。焼き加減も少し固めだし、ガイアルの好みがよく反映されているみたい。
食事を終えた後は、準備も何もないのでそのままガイアルを呼びに行く。
メイドさんが不思議そうにこちらを見ていたけど、何だったのだろう。
「失礼します。準備が終わりましたわ」
「何? 随分と早いな」
「ほぼ手ぶらでしたから」
荷物を持参していればともかく、ボクはほとんど何も持っていなかった。
そうして扉から顔を見せた彼は、こちらを見て少し驚く。
「その髪でいいのか? 心なしか目元も」
「髪? とくにおかしくはないはずですが」
軽く手で掬ってみるも、ところどころハネているだけで揃ってはいる。
普段は姉さんやお姉さんが蒸しタオルで拭いてくれるけど、自分の家じゃないしこれくらいは仕方ない。
「納得しているならいいが、本当に良いのだな?」
「時間的には余裕ですが、早く向かいましょ?」
二人で馬車に乗り込む。
思えばボクと姉さんはいつも徒歩だったので、馬車で学園まで向かうなんて初めてだ。
クロイスも学園が近いからか、鍛えると言って歩いている。
「この距離なら、努力家のガイアルなら歩くと思いましたわ」
「俺が努力家だと? そういえば部屋に入ったな。見たことは忘れろ」
「フフ、私に剣の腕で勝てる日がくるのは、いつでしょうね?」
少しからかってみたが、効果は抜群らしい。
一瞬顔を合わせた後、すぐに横を向いては視線だけを何度か向けてくる。
「……その、近い内には必ず超えてみせる。そうなった暁には、今度こそセシリアを……」
「ところで坊っちゃん、本当によろしいのですか?」
尻すぼみになっていったガイアルの言葉は、御者によって遮られた。
そういや屋敷に居たメイドさんにも似たようなことを聞かれたっけ。
「何か問題がありまして?」
「いえ、ご令嬢が問題ないと言うならば、大丈夫なのですが」
「いつもハヤトと通っているというのに、問題なんてあるわけが……」
そこではた、と気づく。
姉さんは家族だからいいけど、もし男女二人が同じ方向から通学してきたら?
待ち合わせしているか、家が近いかのどちらかだろう。
それが馬車となると、同じ屋敷からになる。
男女が二人で、馬車通学。一泊したということはすぐに予想できる。
「ガ、ガイアル! いますぐ私を降ろしてください! というか、馬車を止めてください!」
「落ち着け。既に手遅れだ」
そういって外を見ると、確かに学園生がちらほらと見える。
今降りたとしても、誰かに目撃されることは確実だろう。
「でも、知り合いに見つからなければ、まだ大丈夫ですわ」
「本当に気づいていなかったのか? 俺はお前がそんなに馬鹿だとは思わなかったぞ」
「は?」
なんだろう。
ボクが抜けていたのは事実だけど、ガイアルはそう見られる可能性も覚悟して承諾したってこと?
第一、無理やり連れ込んだのはそっちなのに、好き勝手いってくれるじゃない。
ここはボクも、男らしく堂々としよう。
「フン。別に私は困りません。ほら、ちょうど馬車も着いたみたいですので、行きますよ」
「お、おい! 勝手に腕を持つな。落ち着け!」
目的地に着いたことをいいことに、ボクはガイアルの腕を取って馬車から降りる。
周囲から先に降りたボクに注目が集まり、その後慌てて出てきたガイアルに注目が移る。
「では、向かいましょうか?」
「あ、ああ……」
そう言ってニッコリとガイアルに微笑んだボクだったが、それ以上にニッコリと微笑んだ顔がボクの視界に入った。
そして、その人物はゆっくりとこちらに近づいてきて、ボクの肩に手を置く。
「では、向かおうか?」
「え、ええ……ハヤト」
姉さんはそのまま力づくでボクを連行する。
……ガイアルの顔がホッとしたように見えたのは気のせいだよね?
最後に見た彼は、ボクが姉さんにされたのと同じようにクロイスからニッコリと微笑まれていた。
あの微笑みは、相当怒っているな……南無。




