「新人メイドじゃないです!」
その期待は、すぐに裏切られた。
何故か各種用意のあった下着からサイズを選び、案内されるままお風呂へと向かう。
入浴を終えたボクに用意された着替えは、控えていた女性とお揃いの服装だった。
「なんでメイド服なの!」
「あら、サイズは私の見立てではピッタリのはずですよ」
「あ、あの? 私、客人ですよ。他の服は……」
「お坊ちゃまには兄弟がおりません。どうしてもと言うのなら、お坊ちゃまのシャツが」
「これでいいです!」
メイド服かガイアルの服の二択だったら、迷わずメイド服を選ぶ。
というか、制服のままでいい……といいたいところだけど、あの男性に抱きつかれたからか、所々に汚れが目立ったので綺麗にしてもらっている。
「あの、寝間着もこれで?」
「それはこちらに」
メイド服の横に、薄手のネグリジェが用意されていた。
……大丈夫、透けない程度には厚手だ。
「ちなみにサイズも各種取りそろえておりますので、合わない場合は申し付けてください」
「なんで! いや助かるけどさ」
「聞きたいのですか?」
「……やっぱりいいです」
ここのメイドさんは一流なのだろう。
用意された服装に不満はあるが、身につける系統のものは様々なバリエーションがあるらしい。これ以上考えるのはやめよう。
初めてのメイド服に手間取り、慣れないエプロンやガーターを身につける。
まさかボクが着ることになるなんて。
「お似合いですよ」
「嬉しくないです。これがこの家での、客人に対する対応なんですか?」
だとするとあまりにもひどい。
これなら無理を通してでも帰宅したほうが良かったくらいだ。
そう憤慨していると、メイドさんは事もなさげに言い放つ。
「いえ、私達からすると最大限のおもてなしです」
「嘘ですよね?」
「お坊ちゃまの依頼は『親父が興味を持たない格好で頼む』とのことでした。よほど大事にされていますのね」
「どうしてそうなるのですか」
「お館様は使用人には手を出しませんもの。でも、私たちがメイド服以外に着替えた途端……」
「それ以上は結構です!」
この服装が安全だというのはわかった。
けど、ガイアルのお父様は服装でしか人を判断できないのかな? まさかね。
「今日のお仕事は、お坊ちゃまへのお茶出しですよ。厨房はあちらにあるので向かいましょう」
「え、私がやりますの?」
「そのほうが面白……これも、新人メイドの仕事ですので」
「新人メイドじゃないです!」
そう否定したけど、普段のガイアルがどう過ごしているのか興味はある。
いつも誰かが行なう仕事みたいだし、ここは様子を見に行ってもいいかな?
コンコン。
教わった通りにノックをする。普段のボクならもうすぐ寝る時間だ。
「開いてるぞ」
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ああ。悪いな」
彼の部屋は、ボクやガイアルの部屋とはまた違った印象を与えた。
本棚がいくつも並び、近くには身体を鍛えるスペースのようなものまである。
……意外と努力家だったんだな。
そんな彼は勉強をしている最中らしい。
お茶を置く際に、少し覗き込んで見る。
「可愛い文字」
「何? この香りは……おいお前、何をしている?」
「あっ」
男らしい性格からは想像できない丸まった文字。
その女子が書きそうな字とのギャップに、思わず声が出てしまった。
「お茶をどうぞ」
「どうしてメイドの真似ごとなんかをして……」
「お茶をどうぞ」
「見間違いじゃないよな? 俺に近づいてくるとは……」
「お茶をどうぞ」
「……いただこう」
下手に突っ込まれる前に退散しよう。
空になったカップを回収し、そのままスタスタと扉へ向かう。
「おい待て」
「………………」
「セシリア、待ってくれ」
「どうしました?」
既に扉へ手をかけた状態だ。逃げようと思えばいつでも逃げられる。
「こんな夜分遅くに、男性の部屋に来るものではない」
「驚きましたね。貴方からそのような言葉が出るなんて」
「それと、そのな。風呂上がりに出歩くのはやめろ」
「だって、用意された着替えがコレでしたもの」
そういって、スカートの裾をちょこんと摘んで見せる。
ガイアルは視線を釣られたみたいだったけど、すぐに顔をそらした。
「ち、違う! 俺は寝間着を用意させたはずだ」
「そういえば…………あれ」
あの時どうして、メイド服に着替えたんだっけ?
たしか薦められたのがこっちで、寝間着はオマケみたいな感じで……ちょっと待って。メイド服なんて着る必要なかったんじゃない?
「どうして私はメイド服を?」
「……はぁ。やっぱりアイツの仕業か。セシリア、もう休め。明日も学園だぞ」
「それはガイアルも同じですわ」
「俺はいい。女性はそろそろ寝ないと肌に出るぞ」
「意外と紳士ですのね。それではおやすみなさい」
「意外は余計だ。おやすみ」
再度机に向かったところを見ると、彼はもうしばらく勉強するのだろう。
邪魔をしないようにそっと扉を閉める。
ボクを助けてくれたこともそうだし、あの剣術も体術も身につけるためには相当努力したに違いない。
ガイアルって実は良い奴?
「お坊ちゃまはどうでしたか? やはりお風呂上がりの髪から漂う香りは強烈でしょう。で、何をされましたか?」
「………………」
この屋敷でまともな人、ガイアルしか知らないからそう思えただけかも。




