「そうかい。くれぐれも夜道には気をつけるんだよ」
予想以上に遅くなってしまった。
外は既に真っ暗だけど、明日も学園はあるので早く帰らないと。
「そこのお嬢さんは、今お帰りかい?」
「そうですけど……」
女子寮を出る前に、入り口に居たお姉さんに止められた。
ここの管理人さんかな?
「もう辺りは暗い。できればお友達の部屋に泊まっていきな」
「え? でも用意もないし……」
しかもイブさんをお友達と呼んで良いのかな?
いや、それ以前に……何でかな。身の危険を感じるから遠慮したいや。
「そうかい。くれぐれも夜道には気をつけるんだよ」
「? ありがとうございます」
夜道の心配をされたけど、これくらいの時間なら一人で散歩するくらいだ。
学園からボクの家まではせいぜい数十分だし、ここからでも夕飯にはギリギリ間に合いそうかな。
街灯に照らされた道に、ボク一人の足音だけが響く。
この時間に学園の近くを歩いたことはないけど、学園生どころか人が全く見当たらない。
まだそこまで遅くないというのに、深夜に散歩でもしているようだ。
コツコツコツ……一人分の足音が響く。
学園を通り過ぎたところで、その足音にノイズが混ざる。
コツコツコツ……トン……コツコツ。
「うん?」
違和感に足を止め、後ろを振り返ってみるも誰も居ない。
気のせいかと思って歩き出すも、音は変わらない。
コツコツ……トン……コツコツ……トン。
「何か近づいてきている?」
その度に振り返るも、ボクが立ち止まっている時は足音も聞こえなくなる。
一回フェイントをつけて振り返ってみても同様だ。
「全く、誘拐犯でもあるまいし」
何ヶ月か前には学園周辺に不審者が出ると話題になったけど、それはとある学園生の従者だったことがある。
最近では誘拐されそうになった令嬢もいたようだけど、近くを通りかかった男性に助けられて事なきを得たようだ。
……その二人はそれがキッカケで付き合い始めて仲良くやってるようだけど、ボクとしては男性が仕組んだのかと疑っている。
ま、それ以降は令嬢が一人で出歩くことなんてなくなったみたいだし、ボクみたいな男子が襲われるわけ……。
「あれ?」
ふと、歩みを止めて下を見る。
膨らんだ胸が邪魔して足元が見えない。サラサラとした金髪が下に流れてきて鬱陶しい。
そして女性用の学園指定服に包まれた身体が見える。
つまり、今のボクは夜道を一人歩く女子だった。
「もしかして……もしかして!」
恐る恐る後ろを振り返る。
……誰もいない。
「……ふぅ、そうだよね。まさかそんなタイミングよく……」
「動くな」
「ヒィ!」
前を向き直り、安心しきったタイミングで首をホールドされた。
後ろにいる誰かは、ボクの首に腕を回してチョークスリーパーを決めてくれる。
腕を外そうともがくも、姉さんの力じゃビクともしないようだ。
「おい、動くなって言っただろ」
「は、放してください!」
「チッ! 黙れよ!」
「痛っ!」
首を締める力が更に強くなる。
呼吸さえ困難なくらいに締められたので、ボクは身体の力を抜いて抵抗するのを諦めた。
「……よし、いい子だ。お前はどこのお嬢様だ?」
「………………」
「おい、答えないとまた締めるぞ」
「……ただの、庶民ですわ」
全員が全員お嬢様というわけでもない。
中にはイブさんみたいな一般の人もいるんだ。上手く行けばこれで……。
「ハッ、庶民の出は全員寮暮らしだろ。大方遊びに行って遅くなった、良いところのお嬢様だろうな」
「…………ぐっ」
黙っていると首を締める力が更に強くなった。
こんな状況じゃ手も足もでない。
まさか、ボクが襲われるなんて!
「まあいいさ。このまま連れ去って学園でも脅迫したら何か分かるだろ」
「私を……どうするつもりですか?」
「あ? そうだな。さて、どうしようかな」
顔を上に向けて見た顔は、ニヤニヤとした男性の顔だった。
こちらを一人の女性としか見ていないその表情に、本能的な恐怖を感じてしまう。
「ま、平和ボケしたお嬢さんにはまず、この街の闇を知ってもらうかね」
「闇? なら、どうやってここに!」
ボク達が住む貴族街と、庶民が暮らす下町。そして噂にしか聞いたことがないけど、下町よりも劣悪な環境の場所があるらしい。
ボク達で噂程度、下町の人間もほとんど知らないと言うので、本当に存在するかは疑わしかったけど……この男はそこの住民のようだ。
「それは秘密だ。だから、目隠しをさせてもらうぞ」
「やめて! 放して!」
「チッ、暴れるなって言っているだろ!」
必死に抵抗するも、首を締められたままではまともに動くことも出来ない。
そして男性も片手で目隠しは出来ないようで、気絶させようとしてか首を締める力が強まる。
やばい。酸欠でだんだんと意識が遠のいていく。
「そこで何をしている!」
「バッ、誰だお前はッ……」
「あれは……セシリアではないか。貴様ッ!」
顔までは見えなかったけど、意識を失う前に聞こえた声は、何処かで聞いたことがある声だった。




