「なんだか、久々に付けると慣れないね」
あまりに無我夢中といった感じで揺らさるものだから気持ち悪くなってきた。
「……うっぷ」
「あっ、ごめんなさい。でも、クロイス様が直々に来るとおっしゃったのよ? 何かあったのかと疑いたくもなるわよ」
「家に来ないクロイスが……珍しいね。でも、断ったの?」
「こんな部屋に呼べるわけないじゃない」
ボクと姉さんは元の身体に合わせて部屋も移動している。
お互いの身だしなみに関わる物や衣類のみは身体に合わせたけど、それ以外の物はそのまま置いてあるのだ。
なのでボクの部屋……この部屋は、見慣れた釣り竿やボクの趣味である園芸用品。そして本棚やベッドなども使い慣れたものがある。
そして姉さんの部屋には、男性が読まないような女性向けの本や化粧台。また衣装棚などもそのまま置いてある。
今の姉さんには不必要なものが多そうだけど、さすがに衣装棚の中身は男性用に変わっているはずだよね。
そうだと信じたいな。
「たしかに姉さんの言う通りだ」
「それと、イブっていう女性も珍しく話しかけてきたわ。見舞いに来たいだなんて言い出したけど……ハヤト、何かやったの?」
「あー……あれから会話できていないし、決闘のことかな?」
彼女とは結局話す機会がないまま経過してしまった。
ボクの家みたいに、人目を気しない場所でなら話してくれたのかな?
「そう。てっきり弱っている私に報復でもしてくるのかと思って断ったわ。ま、そのうち接触してくるでしょう」
「……いったい姉さんは、イブさんに何をしたの?」
「うふふ、今日はもう寝なさい?」
姉さんは頑なに話そうとしない。
もう話は終わったという風に退室しようとするので、お礼だけ伝えておく。
「わかった、ありがとうね。ところで、メイドのお姉さんは?」
「……知らないわ。おやすみ」
「そっか。おやすみ」
クロイスとイブさんのこともあるけど、これ以上考えると頭がオーバーヒートしそうだ。
体調も万全ではないし、明日また考えよう。
「……ハヤトの姉は、私だけよ」
「ん?」
姉さんが何か言っていたけど、扉が閉まる音にかき消されて聞こえなかったな。
ボクの風邪も、明日には治っているといいけど。
次に目が覚めると、昨日の風邪が嘘だったかのように良くなっていた。
「ふわぁ……これも、お姉さんのおかげかな?」
いつの間にかいなくなっていたメイドさんだけど、もうすぐボクを起こしに来てくれるはずだ。
そう思って周囲を見ると、既に待機していたらしい。
「おはようございますハヤト様。体調はいかがですか?」
「うん、おはよ。すっかり元気になったよ」
元気だということをアピールするため、左腕を伸ばして肩の方へ曲げる。
……姉さんの白くて細い腕でも、力こぶくらいわかるよね?
伝わっているか伺うようにお姉さんを見ると、頬に手を当てて微笑ましいものを見るような視線を向けられた。
「昨日は途中で……いえ、元気そうで何よりです。ささ、時間も遅めですので、早く着替えて朝食へ向かいましょう」
「あれ、早起きしたと思ったのにもうこんな時間! どうして起こしてくれなかったの?」
「もしまた休まれるなら、起こしては悪いと思いまして」
お姉さんの言い分も最もだ。
遅刻ギリギリというわけでもないし、手早く着替えることで時間を短縮する。
「なんだか、久々に付けると慣れないね」
「? どうしましたか」
「い、いや! なんでもないよ!」
前まではなかった、胸が締め付けられる感覚には慣れそうもない。
窮屈だし、汗もかきやすいし、良いことがなんにもないや。
ふと、お姉さんの胸元が気になった。
「……お姉さんは、気にしなくて良さそうだから羨ましいよ」
「何故でしょうか。ハヤト様から憐れみの視線を感じます」
男性と同じような胸部を持つお姉さんは、正直羨ましい。
だってこれ、大きくても邪魔なだけだもん。
横から疑うような視線を感じつつも、着替えを終えて朝食も終える。
父さんと姉さんに体調を心配されたけど、先ほどと同じように力こぶをつくって健康をアピールした。
……使用人が数人急いで出ていったけど、何かあったのだろうか。
父さんは大笑いするし、姉さんは呆れるのでいつもの食卓には違いなかったけど。
登校すると、早速何人かの女子が話しかけてきた。
「あの、お身体は大丈夫なのですか?」
「まだ体調が優れないようなら、休まれたほうが」
「きょ、今日は私にお世話をさせてくださいませ!」
「うん。姉さんはボクが責任持って送り届けるから。ありがと」
それを全て姉さんがあしらう。
中にはボクのクラスメイトも混ざっていたけど、姉さんはいつのまにボクのボディガードのようになったのだろう?
「? 姉さんどうかした」
「いえ、あの、随分と彼女たちと仲が良いのね」
「あれ、いつもこんな感じだったよ?」
その言葉にはて? となるも、ボクがいつも姉さんの後ろにいたことは事実だ。
姉さんがそうだったというならそうなのかな?
そう考えていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「セシリア嬢。もう体調は大丈夫なのですか?」
「クロイス様! うん、ハヤ……姉さんはこの通りだよ! 昨日も言ったけど、釣りではしゃぎすぎた姉さんが原因だから、全然悪くないよ!」
「え、ええ」
姉さんは昨日、そう説明したらしい。
クロイスを安心させるためにも、そのままにしておいたほうがいいかな。
「ご心配をかけました。この通り、体調は万全ですわ」
そういって、朝から続けている力こぶをクロイスにも見せる。
その時、姉さんが「あっ」と声を上げたがもう遅い。
「…………そうですね。お元気そうで何よりです。ただ、冷静な判断が出来ないようなので、教室までご一緒しましょう」
「え? ええっ!」
そのままクロイスに腕を掴まれ連行される。
あれ、このパターンって新学期のときの。
「助けてハヤト!」
「……なんて、羨ましいの」
姉さんを含め、数人の女子がこちらを羨望の眼差しで見つめてくる。
「まあ、いっか」
その視線に何故か心地よくなり、ボクも腕を解くのも諦めてそのまま連行されていった。




