「あら、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
彼女は姉さんに伝えてくれたのだろうか?
あれ以降横になってはいるけど、症状はどんどん悪化しているようだ。
体温が上がって汗で服が張り付いて気持ち悪い。
咳が出る度に胸は上下し、下着をつけていないのに胸が締め付けられるようだ。
水……水が欲しい。お姉さんはまだかな。
「はぁ……はぁ……ケホッ、ケホッ」
「ハヤト様、お待たせしました……ハヤト様っ!」
時間にしては数十分だろうけど、ボクとしては何時間も経過したような感覚だ。
ようやく、お姉さんが戻ってくれた。
彼女はすぐにこちらへ駆け寄ると、額に手を当てて熱を測ってくれる。
「高熱じゃないですか! こんなに汗もかいて。今すぐ着替えましょう」
「着替え、させて?」
「……大丈夫、いつものこと。これは仕事です……」
何やらブツブツ言っていたようだけど、最近は一人でもできるようになった着替えを全てお姉さんにお任せする。
「手を上に……そのまま目を瞑って」
「んっ……」
「では、まずお体を拭きますね」
そう言われ、顕になった白い背中にひんやりとしたものが添えられる。
「ひゃん! 冷た」
「すすす、すみません! 私の手が!」
「……気持ちいいから、もっと触って?」
「…………はい」
彼女はボクの汗でベタつくのも構わず、素手で背中を撫でるように触ってくれた。
あんまり時間を置くと汗が乾燥するからか、その後すぐ拭かれたけど。
「では、前も失礼しますね」
「いいよ。前は自分の手が届くからやる」
さすがに人に触られるのはまずい。
主に、ボクが感触に耐えられそうにないや。
お姉さんの指示で、とくに汗が溜まりやすい場所をソフトタッチで撫でるように拭く。
男のときとは違って、強く擦ることがないように何度も注意された。
……地獄の二週間で、文字通り身体に教え込まれたからわかっているのに。
下は起き上がるのも辛くなっていたので拭いてもらう。
その時にようやく気づいた。
「どうしてお姉さんは私服なの?」
「この服ですか? 旦那様に申して、本日は休みにしてもらいました。今日は付きっきりで良いそうなので、思いっきり………えちゃんに、甘えてくださいね」
そういって、パチッとウィンクされる。
もしかしてあの呟き、聞こえていた……?
「ハヤト様! 急に熱が上がってきましたよ。身体も拭き終わったので、すぐに寝てください」
「これは違……」
「そういえばお水の用意がまだでした。すぐにお持ちします」
「あっ」
ボクが弁解する前にお姉さんはバタバタと退室していく。
今度はすぐに戻ってきてくれた。
「ささ。私はここで見守っておりますので、どうぞお休みになってください」
「うん……えっと」
確かにこれで安心はできる。
お姉さんは側にいてくれるし、横に本が積んであるとこからこの部屋で過ごしてくれるのだろう。
……でも、ちょっと物足りないや。
「手、握って……」
「え、あの。セシ……ハヤト様?」
「お願い」
「……わかり、ました」
お姉さんの読書を邪魔してしまう結果になるけれど、彼女は黙ってボクのワガママを聞いてくれた。
ここまで尽してくれるなんて、風邪を引かせた責任でも感じているのかな。
そんなの、ボクの体調が悪いのは一昨日からだから関係ないのに。
手を握られ、ひんやりとした優しさにボクはいつしか眠りについた。
目が覚めると、周囲は薄暗かった。
手に感じていたぬくもりはなくなっているので、お姉さんは何処かに行ってしまったみたいだ。
「ん、うーん……」
「ようやく目が覚めた? 今日の夜は眠れないと思うけど、横になって過ごしてよね」
「お姉さん……じゃないや。姉さん?」
メイドのお姉さんの代わりに、姉さんが近くに居たらしい。
ボクの机の上に照明が点いていたところを見ると、今日の課題でもやっていたのかな。
「あら、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「……少なくとも、ボクの身体の姉さんをそう呼びたくはないよ」
理由は他にもあるけど、もっともらしい理由で納得してもらう。
よし、身体も随分と楽になったみたいで起き上がれそうだ。
「ちょっと。まだ寝ていたほうがいいよ。すぐに倒れちゃうから」
「そうなの?」
「その代わり、もう一度寝た後はスッキリするけどね」
姉さんはもしボクが学園に行こうとしても、全力で止める予定だったという。
どうやら学園を休んで正解だったみたいだ。
さすが元身体の持ち主、よくわかっているね。
「そういえば、ハヤトのクラスの授業メモとプリントを預かってきたわ」
「え、姉さんが?」
「……正確には、ハヤトを慕う何人か、かな。親衛隊の皆がやる気十分だったからね」
何か聞きたくない言葉が出たけど、全力でスルーさせてもらう。
「誰にお礼を言えばいいかな?」
「それはいいよ。もう僕が伝えたし、彼女たちも喜んでいたから」
「えっ、そう……なんだ?」
何か突っ込んじゃいけないような気がするので、気にしないようにしよう。
むしろ姉さんが何故そこまで詳しいのかが気になる。
「あの、どうして姉さんはそんなことまで……」
「あ! そういえばクロイス様がお見舞いに来たいって言っていたわよ! アンタ、何をやらかしたのよ!」
こちらが病人だということを忘れているのか、激しく肩を揺らされる。
頭がシェイクされるのも気持ち悪いけど、親衛隊と同じくボクの理解できる範疇を超えているようで頭が痛い。
姉さんと話す度、体調が悪化していくみたいだ。
理解することに拒否反応でも起こしているのかな?




