「これはこれで需要があるからな。許可する」
その日の夜、家では家族会議が開かれた。
何でも二人揃ってクロイスと出かけた内容が気になるみたいだ。
「で、ハヤトは上手くやったのか?」
「無理だよ。姉さんの身体が船酔いするなんて予想外だったもん」
「フフッ、船って意外と楽しいものですのね。私、もう一度クロイス様の船に乗せてもらいたいですわ」
「……姉さん。女言葉はやめてよ」
「あら? ハヤトだって口調を戻しているのに、何を今さら。お父様も構いませんわよね?」
そうやって勝ち誇った笑みを向けられるけど、姉さんは気づいていないのかな?
「ならあえて言う。お前、ハヤトの姿で女言葉はやめろ。気持ち悪いぞ」
「なっ!!」
「あーあ」
これでも男らしくあれと育てられたボクだ。
ボクの姿で、父さんがお嬢様言葉なんて許すわけがない。
……これでも、ボクは男らしく育てられたんだよ? 今は女の子だけど。
「で、では! ハヤトは良いのですか!」
「指を差さないでよ姉さん」
「これはこれで需要があるからな。許可する」
「えっ」
ちょっと待って、需要ってどういうこと?
ハッと我に返った時には、既に話題は変わっていた。
「で、僕は思ったんだよ。父さんも交えて今度釣りに行こうって!」
「ほう、それは良い案だ。セシリアは釣りに興味がなさそうだったので遠慮していたが、これからは気兼ねなく行けるな!」
「あの、需要って……」
「需要? そうだな。この際だから俺も釣り竿を新調するか。ちょうど需要もできたようだしな。古い物はセシリアに進呈しよう」
「ほんと! ありがとうお父様!」
「ついにお前も、釣りの楽しさに気づいたようだしな。今度父さんが穴場に連れて行ってやるぞ」
「あ、それってボクの知らない場所?」
「ん? ハヤトは……そういえば連れて行ったことがなかったな。あの場所は良いぞ。なんたって人も居なければ、自然に溢れて……」
いつしかボクの疑問も流されていたけど、それよりも重要な情報が聞けたから満足だ。
メイドさん達は呆れ顔だったけど、ボクら三人で外出なんてほとんどなかったから暖かく見守ってくれた。
明日は早速、その穴場で父さんと姉さんと釣果を競うぞ!
休みが終わった。
……何をやっていたのだろう、ボクは。
昨日は父さんの案内で釣りに行き、メイドさんも交えて釣りに勤しんだ。
初心者の姉さんには父さんが、メイドさんたちにはボクが付きっきりで教えて、日が暮れるまで競うことにした。
結果はビギナーズラックというか、メイドさんの大勝利。
よほど嬉しかったのか、父さんと姉さんが見ているのにボクに抱きついて喜びを表現された。
優勝者がバケツ一杯の魚に対し、父さんと姉さんは三匹。ボクは五匹。
釣っただけなので何匹かはリリースしたけど、その日の夕食が魚づくしになるくらいは食材を確保したみたい。
問題はその後だ。
少し寒気がするなと思いつつ、その日は早めに寝たのだけど……次の日は案の定、体調を崩していた。
「うぅ……身体が重い」
「全く、二日も連続でびしょ濡れになるなんて、ハヤト様はお馬鹿なのでしょうか?」
「だって……濡れたくて濡れたわけじゃ、ないもん」
「っっ! そ、そうですね。昨日の一件は私も反省しております……今日はどうなさいますか?」
「動けないわけじゃないし、学園に行くよ」
ボクは風邪を引いていた。
一昨日はクロイスと一緒に釣った魚に濡らされ、昨日はボクの世話役メイドのお姉さんが抱きついたせいで、バランスを崩して水たまりに突っ込んだ。
あの時はものすごい勢いで謝られたけど、父さんも姉さんも大笑いしていたからボクも笑って流したっけな。
あれ、原因はそれっぽくない?
「さっきボクのことをお馬鹿って言ったよね? やっぱり原因は水たま……」
「ああ! もうこんな時間です! ささ、着替えますよ。ハヤト様は、私が手伝わないと脱ぎ脱ぎできないのですから。ささ」
「あー……体調が急に悪くなってきたな。やっぱり休もうかな?」
「では今すぐ温かい毛布と、身体に良いモノをお持ちしますね。それと、セシリア様に連絡と、この部屋に近づかないように……」
「ごめんごめん、嘘だよ」
ついからかってしまったけど、ボクの体調が悪いのは本当だ。
先週はアレ……あの日だったから仕方ないとしても、今日はこれくらいの風邪で負けていられないよね。
「そういえば、セシリア様は風邪を引いた時、三日は寝込んでましたね」
「そうだね」
「では、今のハヤト様も相当お辛いのでは?」
「…………」
言われてみると、どんどん体調は悪くなってきている。
今はなんとか立っているけど、フラついて歩くのもままならない。
「……今日は休もうかな」
「私のせいで、申し訳ございませんでした。この埋め合わせは、昨日以上のお魚を提供することで許していただけませんか?」
「え、今からいくの? じゃあボクも行く!」
「……サボリになりますよ。それに、こんな状態のハヤト様を連れ出したことが知られたら、旦那様からクビにされてしまいます」
そうだよね。さすがにそんなワガママは言えないや。
元はといえば、姉さんの体力を見誤っていたボクにも責任がある。
一昨日から船酔いを抜きにしても体調は良くなかったのだ。
お姉さんの顔を立てるためにも、ボクは再びベッドに横になる。
そうしてシーツに潜ろうとしたけど、ふと思いついて顔の上半分だけ出した。
「? セシリア様には私が伝えておきますので、どうぞ寝てください」
「やっぱり、お魚は要らないや」
「では、どのように埋め合わせを……」
「今日一日、そばにいて?」
「……………………しばしお待ちを」
返答があったのは、たっぷり見つめ合った後だった。
なんだか心まで弱くなってしまったみたいだけど、お姉さんがいるなら安心して眠れそうだ。
出ていく彼女に、聞こえるか聞こえないかの声でお礼を伝える。
「ありがとう、お姉ちゃん」
それだけ呟き、ボクはシーツへ潜り込んだ。
……聞こえてないにしても、声に出すとものすごく恥ずかしいや。
でも、姉さんより親身になってくれるし、こんな時くらい甘えたっていいよね?




