「あの、セシリア嬢……もう大丈夫ですので」
クロイスのベッドは寝心地が良く、船の揺れも軽減してくれた。
さすが王族が使うベッドだね。
見ると、船の中だというのに内装も豪華だ。
彼の趣味が現れているようで、使いもしない大盾やら装飾された剣などが飾ってある。
身体も随分と楽になったので手に取ってみる。
「軽っ! ま、そりゃそうだよね」
船だというのに、無駄な重量物を持ち込むはずがない。
あとは船内で生活できるようにか、小型なタンスや机などの家具が周辺に置いてある。
ん? 机の上にある物はもしかして。
「あっ、これボクがあげたペンだ」
あの時はペンを忘れて困ってるみたいだったから、ボクの使っていたものをそのままあげたんだっけ。
活用してくれているのを見ると、何だか嬉しくなってくる。
「んっふー、ここはクロイスの趣味が溢れているね。ベッドも……ベッド?」
そこには、先程までボクが寝ていて乱れたシーツがあった。
周りに置いてあるものから、ここがクロイスの私室なのは間違いない。
ということは。
「ここで、クロイスも寝て…………いやいや、ないから!」
ベッドに近付こうとして止めた。
ボクは今……何をしようとした?
染み付いた匂いが気になったり、寝ているクロイスを想像するなんて……船酔いと同様、気持ちまで身体に引っ張られるところだった。
一瞬だけ浮かんだ気持ちを振り払うように、ボクも釣りに加わるため甲板へと向かう。
「釣れますか?」
「ぼちぼちですよ。セシリア嬢、もう大丈夫なので?」
「はい、おかげさまでバッチリです!」
まだ頭はぐわんぐわんするけど、クロイスを安心させるため笑顔で微笑む。
クロイスは疑っているのか、こちらを見たまま動かなくなった。
しかし、勝手に動くものもある。
「あっ、クロイス様! 糸が!」
「うぉ! これは強い引きです!」
「クロイス様、がんばってください!」
「フッ、貴方に応援されたら、逃がすわけにいきませんね!」
ボクは邪魔をしないように、網を構えて待機する。
掛かった魚は中々の大物らしく、クロイスの身体が海へと引っ張られた。
「危ないっ!」
「ぐっ、セシリア嬢。助かります!」
思わず抱きついてその場に踏ん張る。
姉さんは何処にいるのかと探すと、何やら操縦士の執事さんと話し込んでいるようだ。
「ハヤト! こっちに来て!」
「……ダメです。外の音は聞こえませんよ」
肝心の時に使えないや。
こういうときこそ、ポイントを稼ぐべきだと思うんだけどな。
「あの、セシリア嬢……もう大丈夫ですので」
「え? ……ひゃわっ! す、すみませんっ!」
言いづらそうに指摘されて、自分が抱きついたままだったことに気づく。
……ボクがポイントを稼いでどうするんだよ!
しかし、まだ獲物は引き上がらない。
気まずい雰囲気になりながらも、クロイスは格闘する。
そして姉さんがこちらに気づいて駆けつけた時、ようやく獲物が釣り上がった。
「っしゃあ!」
「きゃあ!」
「手伝おうかって、遅かったか。えっ、こんな大きいのを釣り上げたの? さすがクロイスだね!」
釣り上げた魚は、クロイスの身長……よりは今のボクの身長かな。
彼より頭一つ分は低い、姉さんの身長半分くらいの大きさだった。
その大物は甲板にてピチピチ跳ね、無言のボクらを濡らす。
「………………」
「………………」
「……ごめんなさい」
やったね! 無言の圧力で姉さんが謝罪したよ。
全く、大物と格闘しているのに会話に夢中だなんて、姉さんは男のロマンをわかっていない!
その後は姉さんも反省したのか、ボクとクロイスの横で釣りを始めた。
姉さんはボクが少し教えただけの初心者だ。
まだ船酔いはキツイし、ボクが付きっきりで指導。そして準備も手伝う。
「……ハヤト。どうしたんだ、いつもより手際が悪いぞ」
「えっと、最近ご無沙汰だったからね」
「ハ、ハヤトは私に教えながらゆっくり作業してくれていますのよ!」
「どちらかというと、セシリア嬢のほうが手慣れて……」
「き、気のせいですわ。ね!」
「え? そうですわ……わ、わかったかな姉さん?」
姉さんもこの場は合わせてくれるらしい。
やばい。
釣りが楽しすぎて、クロイスがいることを完全に忘れてしまっていた。
その後は姉さんが魚を釣り上げたことにより、三人で盛り上がった。
でも船酔いがきつくて、ボクが釣り竿を握ることはなかったけど……たまにはこういう時間も悪くないよね。
今日は楽しかったし、釣果も中々だ。
初心者の姉さんはもちろんクロイスに負けたけど、あんなに楽しそうな姉さんは久しぶりにみた。
……クロイスの手取り足取り指導のおかげかもしれないけど。
「クロイス様、本日はありがとうございました」
「いえいえ、セシリア嬢には悪いことをしました。このお礼は後日……」
「では、食材も手に入りましたので、ご一緒に食事でも、なんて」
「姉さん、そこは僕が頼まないとクロイスも困惑するよ」
いつ姉さんが頼んでも、我が家にクロイスが近づくことはない。
いわく、変な噂が立つのを防ぐためだそうだ。
なのでボクがよくクロイスの部屋に遊びにいくのだけど。
「わかりました。ではお邪魔します」
「え?」
「はい?」
「……なんて、冗談ですよ。じゃあハヤト、また学園でな」
そのままクルージングでもするのだろう。
クロイスは船に乗ってどっか行っちゃった。
でも、あんな冗談を言うようになるなんて……最近のクロイス、ちょっとおかしくない?




